第4次産業革命 IOTの戦略

第4次産業革命に日本はどう対応すべきか―

クラウドと3Dプリンターを嫌悪する日本の製造業は「安楽死」しないか?

1.日本は周回遅れ!

 第4次産業革命は、2008年が元年であろう。リーマンショックで、優秀な技術者がシリコンバレーに移動し、多くのベンチャーをスタートアップさせ、イノベーションが爆発した。
第4次産業革命は、今や、アメリカ、ドイツ、中国が圧倒なエネルギーで、世界を牽引している。そこでは、ドイツと中国は、それぞれ「インダストリー4.0」、「中国製造2025」という国家プロジェクトで、シリコンバレーに対抗している。日本は、取り残され、残念ながら周回遅れという状況である。
2020年は、第4次産業革命の実用化元年となろう。インターネットが5G(第五世代)に入るからだ。自動運転の車が、誰が、どこで、どのように登場させるかが注目される。日本の自動車産業がその中で埋没しないか、心配である。
さらに、心配なのは、日本の製造業自体が「安楽死」しないかである。

2.第4次産業革命はなぜクラウドか?

 第4次産業革命の核心の一つは、AIでビッグデータを解析することであるが、それをクラウドOSで実現することが主流である。なぜクラウドかといえば、理由は二つある。
第一の理由は、顧客のシステム投資を最小化にできるからである。クラウドを活用し、ネットワーク、ハードウェア、オペレーティングシステム(OS)、ミドルウェア、アプリケーションなどをシェアすれば、ユーザーの投資を最小限に押さえることができるからである。
クラウドの活用は、実は、シェアリングエコノミーでもあるのだ。クラウドを活用せず、顧客に多額の設備投資を強いるだけでは、顧客は逃げてしまう。ことに、中小企業に導入させるにはクラウドが必須である。
第2の理由は、第4次産業革命では企業同士がネットでつながり、人的、物的管理・運用の最適化が求められるからである。クラウドOSの活用で、素材メーカー、部品メーカー、完成品メーカー、ユーザー、運送業者などがネットで繋ながることで、サプライチェーンを含む生産プロセス全体の最適な運行・管理が可能となるし、顧客の個別の要望に添う、「多品種少量生産」を、最小コストで可能とするのだ。

3.日本はクラウドを嫌い、エッジコンピューティングに固執する!

 1)世界はクラウドに正面から取り組んでいるのに、日本だけは違う道を歩んでいる。
産業用ロボットの雄たる日本のファナックは、多品種少量生産のプラットフォームとなる「フィールド・システム」をオープン化して、多くの企業の参画を求めている。
また、三菱電機は、基本ソフトウェア「Edgecross」をオープン化し、それを推進する「Edgecrossコンソーシアム」を設立して、多くの賛同企業を集めている。
この二社が日本の産業界でオープンプラットフォームを競っていると言えるが、いずれも、エッジコンピューティングであり、クラウドの活用には背を向けている。
2)確かに、クラウドを工場の生産ラインで使おうとすると、データセンターのサーバーと工場側の端末とのあいだの通信に、「往復遅延」と呼ばれる、タイムラグが発生する。
これの克服のためには、サーバーを端末の近くに配置すれば、遅延を大幅に短縮できる。これが、「エッジコンピューティング」といわれる技術である。
ところが、アメリカや中国、ドイツなど世界の主流は、それでもクラウドであり、その活用を前提に、「往復遅延」を最小化する努力をしている。クラウドで処理するデータを選んだり、エッジコンピューティングやブロックチェーンなどを補完技術として使うなど、あくまでも、クラウドを活用し、その弱点を他の技術で補完しようとしている。
そして、20年にはインターネットは前述のとおり5G(第五世代)の時代に入る。通信速度や容量は100倍以上となり、「往復遅延」は、ほとんど障害でなくなるはずである。世界は、製造業でもクラウドを本格活用することとなろう。

4.世界はクラウドOSの標準化戦争へ!

 1)クラウドを産業界で活用するには、GEの「Predix」のようなクラウド基盤のOSが必要であり、また自らのサーバーでこれらデータの管理運営をする「GEデジタル」のようなサービス会社が必要である。そしてGEは、14年にはこのPredixをオープン化した。
GEは、それと同時に、普及啓蒙を目的にしたコンソルシアムである「IIC」( The Industrial Internet Consortium )を設立した。これは、Predixで産業界の標準OS、つまり、ウインドウズの産業ソフト版を狙うといえよう。現に、IICは拡大し、現在では、富士通や日立製作所などの日本企業を含め、世界で100社以上が加盟しているはずだ。
2)16年4月、ドイツの「ハノーバーメッセ2016」に米国のオバマ大統領が出席し、メルケル首相と会見して、提携を宣言したことは重要である。トップ会談をうけ、ドイツの「インダストリー4.0コンソルシアム」と、GE主導の「IIC」が提携し、標準化への工程表や見取り図を互いに持ち寄るという合意が成立した。
さらに、16年11月、GEデジタルとドイツのソフト会社トップのSAPが提携を発表した。これにより、GEの「Predix」OSとSAPのクラウドOSの「SAP HANA Cloud Platform」が統合され、クラウドプラットフォーム市場で、覇権を獲得する方向に向かうことになったといえよう。
しかし、SAPは、他方で独シーメンスと提携している。このシーメンスとGEは、世界制覇を目指して格闘している永遠のライバル同士である。標準獲得の競争は、文字通り「総合格闘技」なのだ。残念ながら日本は、この「総合格闘技」に参戦していないし、クラウドにそっぽを向いているので、参戦どころか、格闘技会場の外の存在だ。

5.日本のメーカーはなぜクラウドを嫌うのか!

 日本が何故クラウドを嫌うのだろうか。第1の理由は、日本企業の「自前主義」であろう。日本企業は、夙に指摘されるように、新卒一括採用主義で中途採用を嫌い、閉鎖的な「タコツボ」を形成する。他企業とネットでつながるなど、そもそも大嫌いである。その点、エッジコンピューティングなら自前で完結するので、システム資金が高額となってしまっても、クラウドよりこの方を好むのだろう。
しかし、エッジコンピューティングでは、AIを使って一工場内で複数社製のロボットや工作機械を活用し、FA(ファクトリーオートメイション)を高度化できるが、これだけではインターネットを活用した第4次産業革命ではない。まだ第三次産業革命の範疇を抜け出すものではないのだろう。

6.トヨタ方式は過去のものになる!

 もっと深刻な問題がある。トヨタ方式(カンバン方式)が過去のものとされるリスクがあるのだ。これが予想されるので、クラウドに嫌悪感があるのだろう。
トヨタ方式は、高度に洗練されているもので、日本の生産方式の模範解答である。しかし、第4次産業革命の観点から見ると、要するに「在庫リスクを下請けに押し付け、原材料の値上がりリスクを、素材メーカーに押し付ける」にすぎない。
第4次産業革命では、部品や材料メーカーが完成品メーカーとネットで繋がって全体の適正運用・管理を狙う。そして、部品や材料メーカーは系列化されず、いくつもの完成品メーカーと繋がり、適正化をはかることが期待される。ここでは、部材メーカーはもはや下請けという位置づけでなく、独立して世界中に売りまくれるような強さが必要である。ドイツの、「隠れたチャンピオン」の様な存在が求められているのだ。
さらに、第4次産業革命では、3Dプリンターで部品数を最小化し、モジュラー化により、サプライチェーンの短縮が期待されている。
モジュラー化が進めば第4次産業革命では開発方法もかわる。例えば自動車業では、開発は自動運転システムを有するIT企業と運送サービス業と部品メーカーの三者が、システムを使って共同開発し、完成品メーカーに生産を委託することも一般化するであろう。この場合、更に生産ラインのシェアということもありえるはずだ。
しかし、このようは生産方式の革命は、日本のように高度な生産方式を産みだした国ほど、過去の成功体験が災いし、受容が困難なことが予想される。

7.3Dプリンターは「巧みの技」に入れ替わる!

 3Dプリンターは、「溶接個所を5分の1にして、強度を5倍にする」ものであり、サプライチェーンを徹底的にシンプルにする。形状も、今まで不可能であった複雑なものも加工可能となる。要するに今までの製造方法を、革命的に変えるものだ。しかし、技術的にはまだ初期段階である。だが、この開発競争も激しく、今や、使用材料はチタンのような硬いものでも使用可能となっており、製造時間も短縮され、実用レベルとなっている。
ところが、日本企業は、この3Dプリンターも大嫌いである。今まで築いた「匠の技」が、無用とされかねないからだ。しかし、世界はいつの間にか、はるか先を走っている。GEは、ジェットエンジンのファンの製造にも3Dプリンターを使い、中国も、空軍が同じくエンジンに活用している。その中国では、橋の欄干を3Dプリンターで作るような試みまである。
3Dプリンターは、鉄砲の登場で弓矢が無用となったごとく、従来の製造技術を駆逐する可能性がある。日本の「匠の技」にとっては、クラウドより脅威かもしれない。

8.第4次産業革命は、企業数を5分の1

 第4次産業革命が本格的に導入に導入すると、クラウド、モジュラー、3Dプリンターの活用で、サプライチェーンは短縮されるはずだ。日本の場合、今ある製造業の50万社は、10万社程度で十分となるだろう。
となると、中小企業に徹底した再編と、ゾンビ企業の淘汰が要求されるはずだ。ところが、日本の企業社会は、再編は苦手だし、ゾンビ企業の淘汰はもっと苦手だ。
だが、ドイツには準備があった。シュレーダー政権の1999年、新たな倒産法たるGerman Insolvency Actを導入している。
その中では、企業が支払不法(債務超過で支払い停止)となった時には、取締役は相当の期間内に、支払い不能手続きの申し立て(破産等の申し立て)をする義務があるとし、これ怠ると、当該会社、第三者、及び公的機関(税務当局を含む)に、損害賠償責任を負う。 更に、かような状況にあるにもかかわらず、それを秘すなど、相手当事者に損害を及ぼす方法で契約したりすると、刑事罰もある。
要するに、取締役に民事責任だけでなく、刑事責任まで課すことで、ゾンビ企業が延命することを許さず、企業の新陳代謝を強制するものである。ところが日本の政策は逆である。09年11月、民主党政権は、リーマンショック後の不況対策として、金融円滑法を成立させた。これは、「支払不能」となっても、企業を無理矢理延命させるものである。
経産省がクラウドに消極的なのも、ゾンビ企業対策に自信が無いからであろう。

9.ドイツの戦略と日本の安楽死!

 第4次産業革命は、クラウドと3Dプリンターで生産方法とプロセスを根本的に変える。コンピュータの登場による第三次産業革命は、フォード式生産方式の第2次産業革命を根本的に変えるものではなかったが、第4次産業革命は、第二次産業革命に対する革命である。
となると、従来の高度な工業国ほど、今までの成功体験が障害となり導入が困難となろう。 ドイツのメルケル政権はそれを十分理解しているので、国家プロジェクトの「インダストリー4.0」で、対応している。中国は、障害となる成功体験が無いが、ハイテクで一気に世界のトップに立つべく、国家プロジェクトとして、「中国製造2025」を展開している。
日本はドイツと同じく高度な工業国なので、成功体験を克服するドイツ型の国家プロジェクトが必要であろう。しかし、実際の日本は、その間、「アベノミクス」で、金融政策と財政出動で2%のインフレ目標を目指すことを国家目標とし、違う道を歩んでいた。しかも、野党に、「アベノミクスでなく、日本でもインダストリー4.0を推進すべきだ」と主張する政党もない。このままでは、日本の製造業は、安楽死するだけである。
メルケル政権を生み出せるような中道右派政党が日本に出現しないのだろうか。

10.コマツに模範回答があるのに!
 本稿には、日本の産業界の弱点ばかり書いた。しかし、日本には、実はびっくりするほど先進的な事例がある。
 コマツの建設機械には、多数のセンサーが付いており、そこから得るビッグデータをインターネットで取得し、AIで解析することにより、顧客に、故障の危険を事前に察知しるなど機器の保守管理、省エネその他最適な運航・管理、さらには、データからマーケティング情報の抽出などのサービスを提供することができる。これを可能とするクラウドOSが、コマツの「KOMTRAX」というクラウドOSである。
 このOSは、機能的にはGEの前述のPredixと共通するものである。コマツは、このOSを、GEのPredixに10年先行し、01年より運用していた。
 コマツはとれとは別に、クラウドプラットフォーム「KomConnect」を開発し、15年より運用開始している。これは、スマートコンストラクションを可能とするものであり、ドローンにより三次元の図面を作成し、それをもとに、無人の建機が、建設工事を遂行できるものである。コマツは17年10月、これをオープン化し、NTTドコモ、SAPジャパン、オプティムと共同出資で「LANDLOG」というサービス企業を立ち上げた。これは、GEの、前述の「GEデジタル」と同じ手法である。
 コマツが遂行していることは、これを生産現場に移せば、第4次産業革命の模範解答となる。日本の製造業もコマツをまねて、クラウドの活用に積極的になれば、日本でも積極的に第4次産業革命を展開できるはずだ。


M&A・事業再生の弁護士-金子・福山法律事務所