第4次産業革命 IOTの戦略

インダストリー4.0 イノベーションを阻害する最大の岩盤は「社員」か?

1.「自前主義」が日本企業の出遅れの原因に

 今、インダストリー4.0の嵐が吹き荒れている。これの震源地は、アメリカのシリコンバレーである。リーマンショックによる不況のなか、優秀な技術者がここに流入し、イノバーションが爆発した。これを、GEや、グーグル、アマゾンなどのITのジャイアントが、競って出資し、育て上げた。この勢いに対抗して、産官学共同でまとめ上げたドイツのプラットフォームがインダストリー4.0である。
 自前主義の日本企業は、ベンチャーを支援し、イノベーションを獲得することが苦手で、大きく出遅れた。なぜかといえば、ベンチャーを支援しようとすると、社内から「あのくらいならオレ達にもできる。我々の実績を無視するのか」との声が出る。
 イノベーションは、既存組織では育たない。シーズが見つかれば、社内ベンチャーとして、既存組織から独立させて育てる必要がある。社外にスピンアウトさせたほうが、効果的なことも多い。ところが、日本企業では、社内ベンチャーを育てようとすれば、他の社員から「なぜ、あいつらだけが優遇されるのだ」との強い不満がでる。
 インダストリー4.0は、アメリカでもドイツでも、M&Aにより加速している。例えば、独コンチネンタルは、自動運転のトッププランナーであるが、そこに至るまで、15年間で100社を買収した。ところが、日本企業がM&Aをしようとすれば、「今まで会社を支えてきたおれたちの実績を無視するのか」、「M&Aに金を出すくらいなら、俺たちの給料を上げろ」の大合唱となる。
 インダストリー4.0は、総合格闘技のようなものである。GEは世界中の金融部門を売却して、インダストリアルインターネットに経営資源を集中した。このように、将来の不採算部門を処分して、有望部門に経営資源を移動するような戦略が不可避である。
 ところが日本企業はこれができない。今の不採算部門はかっての稼ぎ頭だったところが多い。「俺たちの貢献を無視するのか。今あるのは俺たちおかげのはずだ」となる。日本のエレクトロニクス企業が、テレビやパソコンを、切り離せなかった理由がここにある。東芝が、原発でつまずいたのも同じ理由だ。
 自動車産業は、自動運転の開発競争だけでなく、今や中国からEV(電気自動車)の波が押し寄せている。自動車メーカーは、エンジン部門を縮小し、EV部門を急速に育てる必要がある。しかし、そうなれば、「今まで、この会社を支えていたのは誰だと思っているのか」という強硬な反対意見が出てくるはずだ。
 日本の企業社会は、新卒一括採用主義、年功序列、終身雇用で、社員は一度入社すると、そこが自分の人生そのものとなり、そこにはタコツボのような堅い排他的な組織ができあがる。勿論、経済状況の悪化で終身雇用は崩壊し、年功序列も成果主義に変わりつつあるが、人材の流動性は乏しく、タコツボは頑として残存し、社員にとってそこが人生の全てである。
 その結果、インダストリー4.0の嵐の中で、会社が変わろうとすると、それに抗する最大の抵抗勢力は「社員」ということになる。
 いまAI(人工知能)技術者の争奪戦は過熱化している。インド工科大学の優秀な学生は、初任給年俸2000万でも手に入らないだろう。しかし、そもそも日本企業はこの争奪戦に参入できない。日本人社員が高給の彼らを同僚として受け入れるわけがないからだ。

2.GEのリーダーシップ開発とは?

 インダストリー4.0はドイツの用語だが、このトップランナーは、アメリカのGEであろう。トップランナーになる企業は、企業内にそれだけのものを持っている。「日本には日本のやり方がある」などと自惚れていないで、謙虚にGEを研究すべきではなかろうか。
 GEは1956年から、ニューヨーク州クロトンビルに「リーダーシップ開発研究所」を持ち、社員の研修に使っている。世界初の企業内ビジネススクールともいわれている。前CEOのジャック・ウェルチの時代(81〜2001)、毎年6000人の幹部が集ったという。またGEは年間10億ドル規模の資金を人材育成に投じているとのことだ。
 GEにおけるリーダー育成の特徴は、若いうちから様々なチャレンジを与えて、その成果を公正に評価し、見込みのある人材には次のチャレンジを与えて経験を積ませていく。困難な仕事に挑戦させ、失敗しても復活のチャンスが与えられる。優秀なら、40代から子会社の社長を、次々と歴任させることもする。
 その一方で、クロトンビルでリーダーシップのトレーニングを課すのだ。チャレンジとトレーニングの双方が、リーダーの養成に必要と考えている。
 クロトンビルには、世界からビジネスの実例が集まる。これをもとにプレゼンテーションをしながら議論をする。同時に、自社の問題点も教材として拾い出し、議論するという。また、講師の半分以上は内部のリーダーだということだ。ウェルチも自らここに週一回通い、かつ、年間20回講義をしたという。
 以前は実践的でなく、カレッジの授業のようなものだったが、ウェルチが現実の課題を解決することに変更したとのことだ。
 ここでのコンセプトは、社員全員がリーダーシップを持つべきで、トップリーダーに限られるべきでないということだ。それが、組織を活性化し、各人がその能力を最大限引き出せるからだという。
 さらに注目すべきは、外部の実例だけでなく、自社の問題点も議論することだ。これをすれば、社員が常にCEOと同じ視点で会社のチャレンジに向き合うこととなる。ベンチャーの支援の必要性、あるいはM&Aの必要性は、議論のなかで、自ずと浮かび上がってくるはずだ。このような世界では、ベンチャー支援、M&Aなどついて、日本企業のように感情的な反発がでることはあり得ないであろう。
 トップが自ら講師までするので、トップの示す進むべき基本方針を容易に理解できるようになるし、逆に、社員から新たな提案もできる。CEOと方針があわなければ、他社に転出してもいいし、それが咎められることもない。
 ここで研鑽された者の中には、GE以外でも活躍しているものは多く、現にGE出身の優秀なCEOは世界中あちこちで見かける。
 GEでは、上司が部下を評価するが、部下も上司を評価する。また、部下を育てるのは、管理職の重要な評価項目でもあるという。ウエルチは、自分の時間の3分の1を人材育成に費やしているとのことだ。GEで組織のトップに立つ者は、数字で結果を出すことに加え、人を育てることも同じくらい重要だということだそうだ。
 さてここで、GEグループ内でウエルチ時代のトレーニングの内容を紹介しておこう。
 そのプログラムの対象は、入社6ヶ月目くらいから上級役員までである。上級役員までトレーニングの対象だということは、日本企業の感覚では理解しにくいかもしれないが、事実なのだ。
 初級は、第1段階の「リーダーシップエッセンシャル」からで、6か月から3年勤務の20代が中心で、年間に16回ある。
 第2段階の「ニューマネージャー・ディベラップメント」は、20代半ばから30代前半の中からAクラス(トップの10〜20%)を選び、意思決定の方法,ビジネス事例の学習,部下の評価の仕方,財務分析の手法などを、事例を通じて議論し学ぶ。
 この先は上級で、ウェルチも講師に加わった。
 まず第3段階としては、「マネージャー・ディベラップメント」があり、マネージャーが対象で1年に7回、3週間単位で行われる。経営戦略の立案方法,国際チームの管理方法,社の内外のさまざま事例を討論する。
 第4段階は、「グローバル・ビジネス・マネジメント」で、年3回各3週間。製造、販売、マーケティング、間接部門のそれぞれの分野の人材が同数参加し、現実の課題の解決を考えるアクションラーニングをする。チームのメンバーは海外にも足を運んで、各分野の専門家と議論し、社外のコンサルタントのようにふるまう。リーダーのありかた、経営組織の変革、企業倫理、財務分析、戦略的な提携の仕方などを討論する。最後には、ウェルチをはじめ最高幹部30人の前で、プロジェクトの結果を報告する。ここでの提案は、現実の企業戦略にも大きな影響を与えるという。この参加者の中から、トップマネジメントが選抜さる。
 第5段階は、「エグゼクティブ・ディベロップメント」で、上級役員が対象となり年1回行う。経営課題の討議の他、GEがスポンサーとなって資金をだし、新事業を実行する。
 まさに、有力な社内ベンチャーが、ここから誕生するようだ。

3.カリスマ選抜からチームワーク重視へ

 ウエルチからCEOを引きついたジェフ・イメルタ(2001〜)は、今の世界のイノベーションのリーダーというべき人物だが、このクロントンビルが育てた傑物だ。
 その彼は、トレーニングのなかで、「チームワーク」に重きを置き、関係ない事業の出身者がチームを組み、事業が抱える経営課題を考えさせるということを重視している。
 また特に重視されているのが「コーチング」だ。部下から相談を持ちかけられたときに、「こうしなさい」「ああしなさい」と指示するのではなくて、「なぜ困っているのか」「どういう背景があるのか」など様々な質問をして解決策を本人に気付かせるのだそうだ。
 ウェルチの時代、カリスマがある強いリーダーが「こうなんだ」と言って、腕力で部下を引っ張るのがよしとされた。ウェルチ自身が、そのスタイルだったのだろう。
 イメルタの時代となり、チーム内のディスカッションが今まで以上に重視され、腕力でなく、周りの人の意見を聞くことも重要な能力の1つとされた。 イメルタが強調しているのが、強い個があって、その集まりがチームであり、チームの中には常にコンストラクティブ・コンフリクト(建設的対立)が絶対に必要で、お互いに言いたいことを言い合える健全なディベート環境があってこそ、良いチームワークを発揮できるという考えがその根底にあるとのことである。
 この変化は、GEのビジネスのやり方が変わってきていることに起因しているという。今のGEは、「メーカーがサービス業になる」、「顧客の欲しているものを作る」という正にカスタマーセントリック(顧客中心)。ここでは顧客が本当に要求していることを理解する能力が重要となる。そのためには、企業内にまず健全なディベート環境が必要で、それを前提に良いチームワークを形成するが、それがなければ、顧客が何を欲しているかわからないという。
 このカスタマーセントリックこそ、ドイツのインダストリー4.0が目指す、「多品種少量生産」の目的でもある。
 クロトンビルのトレーニングの中に、LIG(Leadership Innovation for Growth)というものがあるという。これは、各リーダーが自分のスタッフ全員をクロトンビルに連れてきて、実際に自分たちが抱えている課題について、1週間、トレーニングを受けながらチームで解決策を見いだしていくのだそうだ。こうすれば顧客の欲するものが見えてくるのだろう。
 日本でチームワークといえば、「和」が最高の徳目である。しかし、コンフリクトは「和」の最大の敵である。となれば、日本式チームワークが効率よく機能するほど、顧客の欲しているものが見えなくなり、「いいものを作れば売れるはず」という、一人よがりの発想がはびこることとなる。高くて使い勝手の悪い製品を顧客に押しつけることとなるのだ。
 インダストリー4.0で行き詰まっている日本企業は、上級役員も含め、思い切ってGE式のトレーニングを導入したら、いかがだろうか。


M&A・企業再生・民事再生の弁護士-金子博人法律事務所