57回 テロの危険

 

前回は、ロンドンの連続テロを中心に、取消料無く旅行契約を解除できる場合を検討した。今回は、さらに、その時間的範囲についてさらに検討しよう。

 

<時間的範囲>テロが発生した場合、その直後に、その発生地を含む旅行を、旅行者が解除するのはやむを得ないものであり、取消料無く解除できることは前回説明した。

旅行業者が、テロ発生地を避けるように旅行契約を変更しても、それ自体が、重要な契約内容の変更になるので、やはり、旅行者は取消料無く解除できる(募集型、受注型いずれも契約約款16条2項1号)。

しかし、出発日が先のため、すぐ解除せずに様子を見ていた場合は難しい問題が発生する。例えば、出発日が50日先のため30日様子を見たあと、結局解除したとすると、その解除は出発日まであと20日なので、取消料が必要かどうかの問題が発生する。

この場合は、その時点で、どの程度のテロの再発の危険性があるかで判断されよう。

エジプトでは、7月23日に、シナイ半島のシャルム・エル・シェイクで連続爆発事件が起こり、その後外務省より「十分に注意してください」レベルの、危険情報が発出された(8月4日)。危険情報が出されたとなると、それが継続している限り、「事由が生じた場合」(前同約款16条2項3号)が継続しているとして、取消料無く解除できるとせざるを得ないであろう。

イギリスは、外務省の海外安全ホームページを検索すると、危険情報は出ていないが(8月4日現在)、「最新スポット情報や安全対策基礎データ等を参照の上、安全対策に心がけてください」とある。このように危険情報は出ていなくても、安全対策に心がけるよう注意が出ている場合、総合判断で、旅行の危険性を判断せざるを得ない。ただ、テロの対象が、観光客ではなく、地下鉄やバスといった公共交通機関が対象なので、時間が経てば、「事由が生じた場合」といえなくなるはずであるが、2度テロが発生したとなると、テロ発生時に既に締結された旅行契約については、取消料無く解除できるとせざるを得ないのであろう。

いずれにしても、いつまで、取消料無く解除できるかの判断は難しい。旅行業者としては、解除に取消料が発生する(旅行開始日の前日から30日,ピーク時は40日)前に、「何日からの解除は原則として約款上取消料が発生するから、それまでに解除するかどうか決めて欲しい」旨決断を促して、無用なトラブルを防止するのが良い実務であろう。

 

<テロ後の新規の旅行申込み>テロ後、新規の旅行の申し込みを受け付ける場合は、勿論テロ後の解除の問題は発生しない。

しかし、情報開示の問題が生じる。この点では、米国テロ発生直後のトルクメニスタンに出された危険情報に関して興味深い判例があり、本コーナーの27回で解説しておいたので参照されたい。

エジプトには、前述の通りの危険情報が出されているので、旅行者には、旅行の申し込みをさせるに当たり、最低限、外務省の「海外安全ホームページ」の危険情報の詳細を交付し、注意喚起地域であることをよく説明すべきである。その他、独自に入手できた情報があれば、それも提供すべきである。

イギリスには、危険情報は出ていないが、前述の通り「安全対策に心がけてください」と注意が促されている。となると、外務省の「海外安全ホームページ」の「最新スポット」程度の情報は、文書で示すとともに、よく説明して現状を理解させ、その上で旅行の申し込みをさせるべきである。

これらを怠ると、消費者契約法の「契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」である「重要事項」を故意に告げなかったとして、同法4条により、旅行契約が取消される可能性も出てくる。

イギリスやエジプトのテロ情報などマスコミを通じて誰でも知っていると思うかもしれないが、テロがあっても数日すれば、マスコミへの登場回数は極端に減るのが通常であり、旅行者が判断に必要な最新情報を得ているとは言い切れなくなるからである。

いずれにしても、旅行業者は、最低限、外務省の「海外安全ホームページ」は、常に注意すべきであるし、可能なかぎり独自に情報を取得して、安全に対しては万全の体制を取り、旅行者にもその情報を提供するよう心がけて欲しい。   

58回 燃油サーチャージのトラブル

 

最近、旅行契約の取消に際し、燃油サーチャージの扱いでトラブルになることが多いようだ。そこで、本コーナーでこの問題を整理しておこう。

 

<燃油サーチャージとは>最近の原油、石油製品の高騰は異常である。そこで、国土交通省は、燃油価格が一定水準に戻るまでという明確な廃止条件の下に、航空会社に対して、通常の運賃に付加して「燃油サーチャージ」を、航空旅客に対し一律に賦課することを認めた。

但し、航空会社が旅客に賦課するためには、国土交通省航空局に申請し、認可を受ける必要がある。

なお、一部の航空会社(区間)を除き、大人、子供、幼児の区別無く同額のサーチャージが賦課されることになっている。

また、燃油価格の推移に応じ、認可を前提に、賦課額を変更できることにもなっている。

他社区間を乗り継いで目的地へ行く場合の、他社のサーチャージの代理徴収も可能であり、現に実行されている。

 

<旅行代金に含まれないのか>

この燃油サーチャージが本来の運賃の変更なのか、それとは別個の形式の運賃なのかは問題である。この点は、旅行業者にとっては、既に契約したパック旅行の代金とは別個に、旅行者に支払いを求められるか否かの問題となる。

この点については幸いに、国土交通省より通達が出ている。それによれば、渡航手続き諸費用、空港施設使用料、超過手荷物料金などと並んで、「旅行料金に含まれないもの」とする通達が出ている。実務としては、この通達に従って、対処して良いであろう。

となれば、旅行料金とは別個に徴収して問題はないが、旅行者には、誤解と疑問を残さないよう、なぜ徴収するか、よく説明して欲しいものである。

 

<燃油サーチャージは、取消し時に全額返還するものか>旅行契約の取消しに当たり、取消料を徴収できるときに、その計算対象には「燃油サーチャージ」は含まれない。

例えば、旅行代金の50%が取消料となるとき、その旅行代金には、計算対象の「旅行代金」(旅行契約約款別表第一参照)には、「燃油サーチャージ」は含まれない。この点は、渡航手続き諸費用等が含まれないと同じなのである。従って、取消料は、本来の「旅行代金」の50%となる。

 その結果このケースでは、取消しに当たっては、旅行代金の残りの50%とともに、燃油サーチャージを全額返還しなければならないのである。

ところが、実際は、徴収するときには、旅行代金とは別だとして、旅行者にはサーチャージを支払わせておきながら、契約取消しの時には、旅行代金の一部だとして、その全部又は一部を返さないというトラブルが絶えないので、旅行業者の方々は厳重に注意してほしいものである。  

59回 旅行代金の変更と「契約は守られるべし」

 

<燃油サーチャージの増加>燃油サーチャージについては前回検討した。この性格は、空港施設使用料などと同じく、旅行料金に含まれないというのが通達なので、旅行申込書ないし旅行代金請求書に旅行代金に含まれない旨明示しておけば(勿論その後の旅行書面にも)、旅行代金とは別個に請求できる。そしてこの場合、その後、サーチャージが増額されても、その増額分を請求できることは問題ない。もっとも、旅行者には、誤解の無いよう丁寧にその必要性を説明すべきなのは当然であるが。

 勿論、サーチャージを当初から旅行代金に組み込んでおくことも旅行業者の自由である。が、この場合注意しなければならないのは、その後サーチャージが増加した場合である。

 旅行者が申込金を支払ってしまうと、旅行契約は有効に成立してしまう。となると、「契約は守られるべし」との法原則が働き、原則として契約内容の変更は出来なくなる。旅行契約約款では、「公示されている適用運賃料金に比べて、通常想定される程度を大幅に超えて増額」される場合に限って、旅行代金を変更出来る」ことになっている(募集型、受注型いずれも契約約款14条1項)。

 サーチャージの増額が、ここでいう「大幅」な増加といえる場合は、ほとんどないであろう。従って、通常、増額分の別途徴収は出来ないと思われる。

仮に、「大幅」な増加があったとして旅行料金が変更できても、旅行者は、それに不満であれば、取消料無く旅行契約を解除できる(募集型、受注型の契約約款16条2項2号)ことを忘れないで欲しい。

サーチャージを旅行代金に組み込んでいたが、その代金をギリギリで設定しているので、仮に、増額があったら別途徴収したいというときには、契約成立前に申込書や旅行代金請求書にその旨明示し、かつ、旅行者に事前によく説明してその納得を得ておく必要があろう。

 

<旅行代金の誤呈示>たとえば、子供の旅行代金は大人の70%と説明して旅行契約の申込金を受け取ったが、のちに、子供も大人と同額であることに気づいて、改めて大人と同額を請求してトラブルになるような、旅行代金の誤呈示のケースは実に多い。

この場合も前述の通り「契約は守られるべし」との法原則が働き、旅行代金を誤呈示しても、一旦契約が成立すると、契約はそのまま有効となる。もっとも、「錯誤は無効」という法原則もあるので、旅行業者に錯誤があったので契約は無効との主張もあろう。しかし、民法上錯誤者に重過失があると無効とはされない(民法95条但書)。業者によるかようなミスは、重過失とされてしまうことが多いであろう。その場合は、当初の約束通りに契約を実行せざるを得ないことになる。本件のケースでは、当初の約束通り子供70%の料金で旅行させざるをえないのである。

このような誤呈示によるトラブルは、実に多い。そこで、旅行業者としては、窓口サイドでミスがないよう、料金確認システムを使い勝手の良い効率的なものにすること、あるいは、旅行代金請求書を出すときに再度料金チェックをするよう従業員を訓練するとか、請求業務は窓口担当者とは別にして二重チェックが可能なシステムにすること等、社内体制の整備に努力して欲しいものである。    

60回 国際旅行法学会(IFTTA)の報告

 

私の属する国際旅行法学会(IFTTA. International Forum of Travel and Tourism Advocates)は、年一回開催される。今年は、去る8月26日から3日間、ウイーンで開かれた。今回で、17回目で、来年は、マルタが予定されている。私自身は、4年前から出席しており、その都度、有意義な情報を得て帰国している。今回は、その中で、重要と思われるものを、いくつか紹介しよう。

 

<旅行者は、消費者>ことにヨーロッパでは、旅行者にたいし、単に旅行者でなく、「消費者」としての立場で保護しようということが強調されている。具体的には、消費者保護法の中で、旅行契約について特別の保護規定をおいて、「消費者」としての旅行者を保護するという国が多い。

日本も、2001年4月に消費者契約法が施行されているが、極めて概括的な法律で、旅行契約に関し、特別の規定があるわけでない。

 旅行契約については、日本の法体系や独特である。旅行業法という業者に対する規制立法があり、そのもとで、旅行契約約款に基づき旅行者の保護がはかられている。約款は、国土交通省の認可を受ける必要があることにより、消費者の保護も相当程度織り込まれているが、消費者保護法をベースとしているヨーロッパの法体系からすると、手薄い観は否めない。

ヨーロッパにおける、「消費者」としての旅行者の保護の基本は、情報開示である。旅行者は、業者と比べ、情報量が圧倒的に少ない。そこで、旅行業者の情報開示義務を徹底する事により、「消費者」としての旅行者の保護をはかっている。

日本でも、今後は、旅行者を「消費者」と理解し、情報開示を機軸に、その保護をはかることが必要であろう。

 

<航空会社の広告のミスリーディング>今回の学会の発表のなかで、アイルランドの大学の先生による、航空会社の広告の、ミスリーディング(misleading )に関する問題があった。

これは、航空会社の広告の中で、過誤や、強調、説明不足等があったため、旅行者が判断を間違え、あるいは間違えるおそれのある場合の問題である。つまり、根本的には、航空会社による、「消費者」としての旅行者に対する情報開示の問題である。

そのような観点からの検討は、私としてはほとんど経験もなく、面食らったのが実状であった。しかも、熱心な議論の中で、日本の大手航空会社がミスリーディングをした事例が飛び出してきて、改めて、この問題の重要性を実感した。

いずれにしても、日本での総合的な旅行法の研究の蓄積の不足を痛感した一瞬であった。

 

<外国から旅行者を迎えるための旅行法>ヨーロッパでの国境を越えての人の交流は、日本とは比べ者にならないほど密である。

日本では、日本人が海外旅行を楽しむようになったのは比較的最近である。外国の旅行者を受け入れるという面では、今でも極めて少ない。人口比で、5%程度というのは、ヨーロッパから見れば異様でしかない。

IFTTAの学会では、外国人を受け入れるに当たってのhospitalityについて、毎回様々な議論がなされている。しかし、日本では、迎えるべき外国人が少なく、この面での歴史的経験の蓄積が、極めて乏しい。迎えるための法整備も、極めて遅れていると言わざるを得ない。

例えば、ホテルの格付けを各国間で共通化すべきとのテーマがよく議論される。しかし、その際、日本の伝統的な旅館について、外国人に判りやすい格付けをするにはどうしたらよいかなど、日本としてこれから研究しなければならない課題は山積みである。

その他、外国人を受け入れるに当たっての、その外国人に対し、いかに快適に過ごしてもらうかというhospitalityに関する法体系の整備は、ヨーロッパと比べて極めて手薄い。この面でしっかりとした法体系を実現しなければ、日本は真の意味での国際国家になれないであろう。   

61回 国際旅行法学会からの報告(2)

 

前回に続いて、私の属する国際旅行法学会(IFTTA)からの報告をしよう。

 

<旅行専門の調停制度>IFTTAの米国支部は、歴史も長く独自の活動をしている。その中で、ADR(alternative dispute resolution)として、旅行法関係専門の調停(mediation )制度を創設し、運用していることは注目していいであろう。

 対象は、旅行者と旅行業者間の旅行契約に関する紛争が中心であるが、交通事故等の不法行為も扱っている。

 旅行法は、欧米でもかなり特殊な法体系を取り、一般の人にはわかりにくい。弁護士等の法律の専門家にとっても、この分野を専門に扱っていていないと、すぐには取り組めない独自の世界である。

 従って、ADRとして、この分野専門の調停制度を創設するということには大きな意味があるようだ。

 米国支部でのこの調停制度において、ことに特徴的なのは、調停員(mediator)の養成システムである。調停制度という入れ物だけを作るのではなく、専門の調停員を養成するプログラムを同時に構築するという発想は、いかにもアメリカ的である。このような、ソフトを大事にするスタンスは、日本もおおいに学びたいところだ。

 調停制度の特徴は、両当事者の主張を調整し、両者が合意に達するよう調整するというもので、あくまでも話し合いベースである。訴訟となれば、厳密な訴訟手続きに乗っ取らざるを得ず、時間と費用がかかる。調停制度をうまく活用すれば、短期に、かつ、余り費用をかけずに解決できるはずだ。

 旅行法という特殊分野であっても、調停員が旅行法の専門的知識を有していれば、旅行関係のトラブルであっても、調停で効率よく解決への道が開けるであろう。このような専門の調停制度であれば、専門の調停員が、両当事者の言い分と証拠関係をよく整理したうえで、調停案を適時に両当事者へ呈示する事も可能となるので、解決もより早まることが期待できるはずだ。

 実は、この調停制度については、2年前の学会(モナコで開催)で、米国からの参加者(調停担当者)から詳しく報告された。その後の実施状況については、昨年の学会(ベイノスアイレスで開催)と今回の学会では、その調停担当者の出席がなかったので詳細は不明であるが、他の米国からの参加者から、その後よく活用されているという話は聞いている。

 日本では、JATAの苦情相談受付とか、各地の消費者センターが、この調停制度に近い機能を果たし、成果を上げている。ただ、これからは、旅行者が増加し、かつ旅行スタイルも多様化することが予想され、今後トラブルもより複雑で、深刻なものが増えるであろう。将来的には、日本でも、旅行専門の調停制度を創設し、さらに、調停員の養成プログラムも同時に構築して、手早く合理的な解決を図ることを、将来の課題として検討してもいいのではなかろうか。 

 

<ツアーガイドと添乗員問題>今回のウイーンでの学会では、イスラエルのメンバーから、

ツアーガイドについての発表があった。

 日本のパックツアーでは、日本から添乗員が同行して集合から解散まで旅行者の面倒を見るか、現地ガイドが現地で終始旅行者の面倒を見るという形態が普通で、専門のツアーガイドが、ガイドとして登場することは稀である。

 しかし、今回の発表の中で、escort guideという範疇が紹介され、その機能は、日本の添乗員に近いようだ。その他、ツアーガイドの法律問題と、日本の添乗員制度の法律問題とは、重なり合う部分も多い。

とはいえ、旅行の実体は、イスラエルやヨーロッパと日本とでは、大きく異なっている。IFTTAレベルでのツアーガイドの検討が、日本の添乗員問題と、どのように重なり、どの様に応用出来るのか、少し時間をかけて研究しようと思っている。   

62回 旅行中のカメラによる無断撮影

 

旅行中に、いつの間にかカメラマンが登場し、勝手に撮影して後で売りつけようとしてトラブルになるケースが目につく。また、個人情報保護法の時代となり、旅行中のスナップ写真で、どこまで他人を撮影していいのかという心配をしている者もいるようだ。そこで、今回は、他人を撮影するとき、どこまで無断で出来るか検討しよう。

 

 

<他人を写真撮影する時の基本原則>旅にはカメラは付き物であるが、その際、他人をどこまで自由に撮影できるかを考えてみよう。

これを考えるに当たっては、個人が識別できるか否かが大きい。

個人が識別できないような撮影方法であれば、原則として自由と考えてよい。

町の中を撮影していれば、建物を取っていても、その中に歩行者や他の観光客が入ってしまう。この場合は、無断でもかまわない。人が外出しているときは、人に見られていることを当然に容認しているわけで、町の中をとる写真の点景として撮影されることも容認していると考えてよいからである。

 しかし、これは原則で、本人が容認している程度を超えている場合は違法性を持つ。個人が識別できいならOKだろうと勝手に解釈して、女性の下半身ばかりをねらって撮影するとなると、これは当然限度を超える。自然の目線では見えない角度から女性のスカートの中を狙って撮影したりすると犯罪になることは説明するまでもないであろう。

では、個人が識別できる程度の大きさと鮮明度で撮影するとどうなるのであろうか。

この場合は、個人情報の取得となるから、確かに個人情報保護法の問題が出てくる。しかし、個人の記念のためのスナップ撮影は同法の対象外なので安心されたい。同法は事業者に適用され、純然たる個人には適用されないからである。従って、それが個人的な記念のためである限り、同法の対象外である。となると、一般の個人の人権がどこまで保護されるかの問題として考えればよい。

その撮影目的が、町ゆく人々の様子を取りたいなど特定の個人をねらったものでないときには、出来あがった写真が個人を特定できても、原則的には個人が識別できないときと同様に考えていいであろう。

特定の個人をねらっても、町を歩いていたり、店頭で働いている様子を撮影するなど、本人が当然人から見られているという「想定内」の状況なら、原則的には許容されると考えてよい。現地の美しい売り子の女性を見つけて、スナップ撮影するというのも、原則はOKである。ただし、このように個人をねらった場合は、その本人が撮影に気づいて拒絶したらNOである(実際には、取っていいかと本人にと聞くのがスマートな旅行者のマナーであろう)。

 しかし、個人が特定できるときには、それを、人を揶揄したり、馬鹿にするような、本人の「想定外」の材料にするために撮影することは違法性を持つ。これは、ことに写真が後に公表される事を予定しているときに問題となる。雑誌に「街角にこんな馬鹿げた服装を着ている者がいる」などとのテーマで発表するという目的では、本人の同意がない限り撮影は許されない。そのように利用されることを想定して、人は活動していないからである。

 

<今回のケースの解答は?>以上の説明からすると、勝手に撮影して、後から有料で買わせようとする商法が有効かどうかの説明は明らかであろう。

後から売りつける目的で個人を識別できるような撮影をするのは、無断で撮影すること自体違法である。人は、外で活動しているときに、有料撮影の対象となることまで想定していないし、許容していないからである。

撮影するときに、「後に有料で買ってもらうことになるが、かまわないか」と聞いて、その上で、許諾のあるもののみ撮影できるのである。

いずれにしても、ツアーの中に、このようなカメラマンを取り込むときには、事前の撮影の了解を必ず取るよう、徹底して欲しいものである。      

63回  バンコクと危険情報

 

今回は、情報開示との視点で、事例研究をしよう。

<ケース>バンコクに、「十分注意してください」との外務省の危険情報が発出されているにもかかわらず、それを知らずに旅行契約を締結したが、その後、危険情報が出されていることに不安を感じて取消したところ、取消料を請求されたのでトラブルとなった。

 

このたぐいのトラブルは、現在非常に多いし、その是非の判断は現在の難問である。

既に、53回と54回で、ロンドンとエジプトのケースは検討した(なお、エジプトについては、その後若干見解を改めたので、月刊トラベルビジョン2005年9月20日号を参照されたい)。

今回は、目立ったテロのニュースがないにもかかわらず、旅行者が契約後危険情報を知って解除したバンコクのケースである。

 

<タイの現状>タイでは、南部にイスラム教徒が多く住んでおり、軍と住民との衝突、治安当局と武装グループの銃撃戦、爆弾テロなどが繰り返し起きている。外務省の海外安全ホームページによれば、最近の情報として、8月31日から9月1日にかけて、タイ南部の各地で断続的の爆発事件が発生し、少なくとも1名が死亡し、23人が死亡したとある。さらに、イスラム軽武装集団のホームページに、報復としてバンコクで自爆テロを行う旨警告しているとのことだ。

その結果、外務省からは、首都バンコクには、「十分注意してください」との危険情報が出されているし、南部三県については、「渡航の延期をおすすめします」との情報が出されている。

 しかし、一般には、タイは安全な仏教国とのイメージが強く、バンコクに危険情報が出されているなど、思いも寄らないというのが一般的であろう。

 その結果、契約後危険情報が出されていることが判り、心配になって、旅行をキャンスルするという、本件のようなケースが発生することになる。

 

<旅行契約約款の検討>本コーナーでは何回か解説したので、ここでは簡単に確認しておこう。

本年4月に、改正約款が発効し、旅行者の解除権に解する第16条(企画型、受注型共通)が改正され、従来は、「天災地変、戦乱、暴動―――――の事由により、旅行の安全かつ円滑な実施が不可能となり、又は不可能となる可能性が極めて大きいとき」には、取消料無く解除できるとあったが、このうち、「事由により」とあるのを、「事由が生じた場合において」と改正された。

 事由の発生を要件にしたことにより、取消料無く改正できる場合が、場所的にも時間的にも限定されたと理解されている。

 しかし、実際には、その適用範囲を具体的に判断するのは極めて難しい。今回も、その難しい一ケースである。

 

<その適用は>タイの特徴は、軍や治安グループとイスラム武装グループの対立であり、これは、タイ南部に限らず、首都バンコクも標的にされる可能性があることを意味する。現に、前述の通り、バンコクでの自爆テロが武装グループのホームページで警告されている。その結果、外務省から、バンコクにも、「十分注意してください」との危険情報が出されている。

 このような状況であれば、前述の改正約款の「事由が生じた場合」の地域的適用範囲は、タイ南部部に限定できず、首都バンコクも含めざるを得ないとの考えが出てくる。私としても判断に迷うところであるが、裁判になれば、含むという積極説にたった判決が出る可能性が高いであろう。

 

<実務的対策は?>実務としては、契約時の情報開示が決め手となろう。外務省が開示している程度の情報を提示し、その上で、旅行者が契約すれば、原則的には、取消料無しでの解除は出来ない(つまり、取消料は必要)と解していいであろう(もっとも、その後、現にバンコクでテロが発生したり、他の地域で大規模なテロが発生したりして、危険度が上昇すれば別であるが)。

 第57回の本コーナーで、ヨーロッパでの旅行契約に関しては、旅行者を消費者と位置づけ情報開示が重視されていることを紹介したが、日本でも、情報開示は重要である。

 なお、現行の日本の消費者契約法では、契約一般を対象としており、旅行契約に特化した規定はないが、現行法でも、重大な情報開示の欠落は契約自体の取消の問題となる。そうなれば、取消料の問題にとどまらず、旅行開始後においてさえ、払い込んだ旅行代金の全額を返還せざるを得ないと言うこともありえるので、情報開示については十分注意されたい。      

64回 バリ島の連続爆発事件(その1)

 

前回は、タイのテロ事件に関して説明したが、それが配信された10月1日に、バリ島で、連続爆発事件が発生し、日本人1名を含む20名以上が死亡するというテロ事件が発生してしまった。犠牲者のご遺族の方々には心から哀悼の意を表したい。

さて、テロに対し、旅行業者がどう取り組むかは、当面の重大課題となった観がある。

自己のパックツアーの参加者が死傷した場合は、その後の対処は大変であるが、その処理はバス事故と共通している。バス事故については、本コーナーの第25回等で説明したので参考にされたい。

 

<契約解除と取消料>テロが発生すると、不安感から旅行契約の解除を申し出る旅行者が多発することになる。その時に問題がなるのが、取消料を徴収できるかである。

 今回のバリ島のケースでも、旅行業者は取消料を徴収すべきか悩んだはずだし、実際には徴収した例が多いと推測している。

 本コーナーでは、予防法学の見地から、徴収は無理であろうとの見地で説明してきた。

 予防法学というのは、将来の紛争を可能な限り防止しようというのがその目的である。従って、解釈が分かれるところでは、相談者側には厳しく判断することになるからである。

とはいえ、この判断は、現行の旅行契約約款の中で最も解釈の難しいテーマの一つなので、この機会に改めて、今回のケースを前提に検討してみよう。

旅行者の解除権に解する旅行契約約款第16条(募集型、受注型共通)では、「天災地変、戦乱、暴動、運送宿泊機関等の旅行サービス提供の中止、官公所の命令その他の事由が生じた場合において、旅行の安全かつ円滑な実施が不可能となり、又は不可能となる可能性が極めて大きいとき」には、取消料無く解除できるとある。

そこで、今回の爆破テロが、「戦乱、暴動」という例示で示された「事由」に含まれないのではないか?

翌日には、クタ地区を含め、空港、陸上輸送とも運行は正常であったので、「旅行の安全かつ円滑な実施が不可能となり、又は不可能となる可能性が極めて大きいとき」には該当しないのではないか?

といった疑問は出ておかしくない。そこで改めて検討してみよう。

まず、テロという言葉が例示には登場しない。となると、「戦乱、暴動」という例示に類するものとして、「その他の事由」に含まれるかである。「暴動」は、一般的には「テロ」より規模が大きい。となれば、20人程度に犠牲者が出た「テロ」は、「暴動」に類するものとはいえないとの解釈も出よう。しかし、人の生命身体が無差別に危機にさらされるのであるから、旅行者が、かなりの不安感を感じるはずである。「テロ」も、規模がことさら小さく、通常の旅行者にさほど不安感を与えないものは除き、原則的には、暴動」に類するものとして「その他の事由」に含まれると理解したい。

次に問題となるのは、今回のテロにより、「旅行の安全かつ円滑な実施が不可能となり、又は不可能となる可能性が極めて大きい」という状況が作出されたかである。

爆発の起きた翌日の現地状況としては、クタ地区を含め、空港、陸上輸送とも運行は正常だったとのことである。輸送機関や施設がテロの対象でなかったからであろう。したがって、運行面だけから見れば、「円滑」な実施が可能であっといえる。

となれば、最後に残るのが、「安全」な旅行が実施できる状況であったかであろう。

バリ島といえば、2002年10月に大規模な爆発テロ事件があり、その後も、首都ジャカルタでは、爆発事件が続いた。バリ島は、首都ジャカルタとともに、外務省の危険情報では、「十分注意してください」レベルの危険情報が出されていた。そして、テロの現実的危険があるため、警察レベルでは高い警戒態勢にある中で今回の事件が起きた。

テロは、ロンドンの例を見るまでもなく、連続する危険性は高い。ことに、インドネシアの場合は、旅行者がターゲットとなっているので、一旦テロが起こると旅行者が再度犠牲になる可能性も高い。外務書の海外安全ホームページによれば、東南アジアで活動するテロ組織ジュマ・イスラミーヤの幹部が未だ大量の爆発物を所持したまま逃走中とのことである。

このような状況で、果たして、人の多く集まるところなど危険性の高いところを避ける等の注意だけで、旅行者の安全を確保できるかである。

また、ひとたびテロが実行されれば輸送機関もストップする危険性も高く、従って、現に安全性に問題があるところは、「円滑」な実施ができなくなる「可能性が極めて高い」ともいえないだろうか。

とはいえ、外務省の危険情報が、「十分注意してください」レベルである限り、「安全」だと見るべきとの見解もあるかもしれない。最終的な判断は、裁判所に任せなければならないが、少なくとも、紛争を未然に防ぐという予防法学の建前からは、少なくともテロ発生直後においては、キャンスルに当たって、取消料は徴収すべきではないであろう。

+++次回は、かりにテロ直後の解除に取消料を徴収できなくとも、その後いつまでの解除に取消料を徴収できないか、逆に旅行業者が中止を勧めてもどうしても行きたいという旅行者をどうするか、旅行中にテロが発生した場合の旅行の中止の処理の問題などについて、法的観点から検討しよう。     

65回 バリ島の連続爆発事件(その2)

 

今回のバリ島の爆発事件は、旅行関係者に多くの課題を提供したといえよう。バリ島は、日本人にとって、人気の旅行目的地であるしリピーターが多いことも特徴である。それ故、各界で様々な検討と対策がなされているようであるが、本コーナーでも、さらに様々な角度から検討を加えたいと思っている。

 

<手配旅行への変更について>今回の爆発事件に限らず、天災地変、戦乱、暴動、テロといった事態の発生で、旅行業者が旅行の出発を取りやめようとしても、旅行者自身が出発を強く希望するという事態もありうる。 今回も、爆発事件の翌日、事件直後の混乱の中で、このような事態が見受けられた。

このようなケースの場合、旅行業者の対策として、企画旅行契約から手配旅行契約に切り替えさた上で出発させるという例が見受けられる。確かに、手配旅行であれば、特別補償の対象にならないので、旅行業者の責任を回避する一方法なのであろう。

しかし、手配旅行に切り替えることについては、難しい法律問題が内在する。

手配旅行というためには、内訳を明示しなければならない(本コーナー第39回参照)。従って、内訳の明示のないまま、企画旅行契約を手配旅行契約に切り替えると一方的に宣言しても、内訳の明示のない限り、法律上は手内旅行に切り替わることはない。旅行者が、切り替えに同意しても同様である。

有効な変更をするには、企画旅行契約を解除したうえ、新規に手配旅行契約を締結しなおす方法と、解除せずに、更新契約により手配旅行に切り替える方法とがありうる(但し、いずれも、新たな手配契約では内訳を明示せざるを得ないのである)。

 ただ、実際としては、混乱している中で急に内訳を明示するのは事実上極めて困難であろう。内訳を明示できなければ、あくまでも企画旅行のままということで、対策を考えなければならないことになる。

 

<テロが起きたときの選択肢> ところで、テロ等が起きたとき、旅行業者としては、その後のツアーの出発につき、中止するか、実施するか、目的地を変更するかの判断を迫られることになる。

 強行したばあい、再度のテロにより旅行者に犠牲者が出ると大変である。現地の危機情報は、旅行業者が旅行者より遙かに豊かに持っているはずである。それ故、ひとたび犠牲者が出れば、危険な旅行を強行したことにっよる損害賠償の問題が生じることになる。

 次に、契約を解除した場合、本年4月の改正以降は、解除による費用は旅行者に負担させることは出来るようになったとはいえ(約款18条3項)、旅行代金は旅行者に返還しなければならないので、営業的損失は大きい。

 とはいえ、旅行契約の変更をすることも事実上困難である。多数の観光地の一部なら変更も可能だとしても、主要な観光地であれば、事実所不可能であろう。仮に目的地を変更できたとしても、それは原則として重要な変更になるので、旅行者は、取消料無く契約を解除できる(約款16条2項1号)。

 となれば、旅行業者が、ツアーを実施するという方向に傾くことは予想せざるを得ない。

 

<旅行を実施するに当たっての注意点>では最後に、ツアーを実施するにあたっての、旅行業者の注意点を検討してみよう。この場合、旅行業者がすべきことは、一にも二にも、現地の情報を旅行者に可能な限り詳細に、かつ迅速に伝えることである。

 旅行者に十分な現地情報を提供し、それを前提に、旅行者自身に旅行に参加するか否かの判断を自らしてもらうということが肝要なのである。

 ここでの情報は、外務省の渡航情報(危険情報)だけでは足りない。旅行業者自身による、独自の情報収集努力が必要である。今回のバリ事件の場合、JATAが現地の治安情勢に関する調査団を派遣し、また旅行業者が旅程内に利用するホテルやレストランの現地調査をするなどの努力をしているが、これらは極めて望ましい方向であろう。そして、ここで重要なのは、その成果を旅行者に的確に開示する事である。

 ただ、どんなに詳細な情報を開示しても、犠牲者が出れば、旅行業者が完全に免責されるというのは困難であるということは忘れないで欲しい。とはいえ、情報が不十分であれば、それにより旅行者が旅行に参加するか否かの正確な判断が出来なかったということになり、それだけで旅行業者が責任を問われることもあり得る(本コーナーの第29回では、米国テロ発生直後の危険情報を巡るケースで、旅行業者による情報開示が不十分なことによって、旅行業者が損害賠償責任を負わされたケースを紹介している。参考にして欲しい)。

 やはり何よりも重要なのは、旅行者に対する情報開示である。今後の旅行業界の発展のためにも、情報収集の努力とそれの的確な開示には、最大限の努力をして欲しいものである。   

66 バリ島連続爆発事件(その3)

 

バリ島連続爆発事件では、実施中のパックツアーを中止すべきか否かの決断で混乱が生じたようだ。旅行の途中解除についても、様々な問題が生じるのである。   

ツアー参加者に犠牲者が出た場合については、バス事故について検討したこと(本コーナ第25回等)が参考になるはずであるが、その際のテロ特有の問題点については、別の機会に改めて検討しよう。

今回は、参加者に犠牲者が出なかった場合のケースを検討することとする。

 

<旅行契約約款では>旅行契約約款では、かような旅行実施中の中止、つまり、旅行開始後の解除のケースにたいしては、「天災地変、戦乱、暴動、運送、宿泊機関等の旅行サービス提供の中止、官公署の命令その他の当社の関与し得ない事由が生じた場合であって、旅行の継続が不可能となったとき」には、旅行者に理由を説明することを前提に、旅行業者による解除が可能となると記載されている(募集型、受注型いずれも18条1項3号)。

 この条項は、旅行者による解除(16条2項3号)、あるいは旅行開始前の旅行業者による解除(17条1項7号)に関する規定と類似するが、文言上重要な違いがある。

 旅行者による解除、旅行開始前の旅行業者による解除の場合は、「旅行の安全かつ円滑な実施が不可能となり、又は不可能となるおそれが極めて大きいとき」とある。が、旅行開始後の解除の場合は、単に、「旅行の継続が不可能となったとき」とあるだけである。つまり、「安全かつ円滑な実施」や、「不可能となるおそれが極めて大きい」という要件が落ちている。

 となると、旅行途中でテロに遭遇して交通機関や、宿泊施設等が利用できなくなって、旅行が物理的に不可能となれば契約を解除できるが、物理的にはなお可能、つまり、交通機関は運行されており、宿泊施設も利用可能となると、困った事態が予想される。今回のバリがまさにそうであった。

 この場合、ツアーに参加した旅行者全員が不安を感じて旅行中止を申し出れば、その時点で、旅行業者としては旅行を解除し、あとは約款(18条3項)に従って金銭処理をすればよい。

 問題は、旅行業者としてはその後の安全が見込めないので旅行を中止したくても、一部、又は、全部の旅行者が続行を希望するときである。この場合は、旅行業者は、解除できないことになる。なぜならば、「旅行の継続」が不可能でないので、一方的には契約解除できないからである。

 また、運送機関が運行を停止する可能性が極めて高くても、そのおそれが高いだけでは解除できず、現実に停止して「旅行の継続が不可能」になって初めて、旅行契約解除が可能になるのである。

 このように約款上は、旅行開始後の解除は、かなり制約を受けることを忘れないで欲しい。

 

<テロに遭遇した時>旅行業者としては、危険性が高いため旅行の中止をしたかったが、旅行者がそれを拒否したためやむなく旅行を継続した。ところがその後、現実にテロに遭遇し犠牲者が出た場合、旅行業者の責任はどうなるのか。

この場合、旅行者が自ら希望したので旅行を継続した。それゆえ、旅行者の犠牲は自業自得で、旅行業者の責任は無いはずだといえるだろうか。

このケースで裁判になると、一般論としては、旅行業者のかような抗弁が認められるのは、なかなか難しいことが予想される。しかし、旅行業者が危険情報を徹底的に調査収集し、それを旅行者に十分に開示できた場合には、旅行業者が免責されることは考えられる。この場合は、旅行者は、豊富な情報を前提に安全性を検討し、みずから旅行の続行の是非を判断できたはずだからである。

 

<危険情報開示の必要性>このようにみると、ここでも危険情報の開示がいかに重要か、改めて理解してもらえると思う。

 開示の前提としては、現地営業所や添乗員と本社との緊密な連携が重要であることは言うまでもない。現地だからこそ得られる情報と、現地だから得にくい情報がある。本社が得やすい情報もあり、得にくい情報もあるからである。

 豊かな情報が集中できれば、旅行業者と旅行者の間で、旅行を続行すべきか否かで意見の相違が出ることもかなり防げよう。

 そして何よりも、的確に危険を回避できる。

 不十分であれば、危険の回避が出来ないままテロに遭遇してしまい、犠牲者を出すという事態もあり得る。犠牲者が出れば、旅行業者が負うべき責任は巨大になる。人が死ねば、その損害額は、一人1億円に達することも稀ではない。多数の犠牲者が出れば、会社の存亡にもかかわる。

 情報開示を徹底し、そのようなリスクを可能な限り低減させるべきであろう。   

67回 旅行者による「権利放棄」

 

 旅行者からの「権利放棄」でトラブルになることも結構ある。一見単純そうであるが、法的観点から検討すると、いろいろな問題点が浮かび上がる。今回は、この旅行者からの権利放棄について考えて見よう。

<旅行者による「権利放棄」>パックツアー中に、旅行者がその意思でツアーから離脱して自由行動をとるというケースは多い。いわゆる「権利放棄」で、旅行業者としては、旅行代金を減額したり清算する必要がないのは当然である。が、この点以外でも旅行者とトラブルになることも結構多い。

 よくあるのは、旅行業者が権利放棄を拒絶することによるトラブルである。答えとしては、旅行業者は原則として権利放棄を拒絶することは出来ないということになる。

このトラブルは、現地添乗員などとの間で起こることが多い。土産物店からのキックバックが受けられないなど、自分たち側の事情があるからである。また、格安ツアーで、キックバックを織り込んで代金を組んでいるので、権利放棄されては損になるという場合もあろう。

キックバックが受け取れないと言ってしまったら味も蓋もないので、「安全が確保できないから」という理由を挙げていることが多い。しかし、安全かどうかは旅行者自身が判断することで、現実に危険が切迫しているというような特殊な事情がない、限り旅行業者としては権利放棄を拒絶できないのである。

<危険情報の提供義務に注意>「安全が確保できないから」という理由で拒絶出来ないことは今述べたとおりであるが、旅行者が権利放棄するときでも、危険情報の提供は旅行業者の義務であることは忘れないで欲しい。

ツアーからの離脱を申し出られた場合、本当に危険であれば、どのように危険か、業者として確保している情報は旅行者に提供する必要がある。その危険情報を受けていれば離脱を断念し、あるいは、危険回避が出来たはずなのに、そのチャンスを失って生命、身体、財産に損害を受けたとなると、旅行業者の責任問題が生じる。

勿論この時に提供すべき危険情報は、その離脱する旅行者のために特別に収集する必要はない。当該パックツアーを実施するために必要として確保している情報から提供すれば十分である。

しかし、もともとそのパックツアーの安全確保のために必要な情報の収集が不十分なために必要な安全情報を提供できず、その結果、旅行者が判断を誤り、生命、身体、財産に損害を受けると、旅行業者の責任が発生することがあり得る。

ここでも、旅行業者は、危険情報を常に的確に収集しておかなければならないことが判っていただけたと思う。

<権利放棄できない旨の特約の効力>格安ツアーなのであらかじめ権利放棄は出来無いという特約付きで旅行契約を締結したらどうであろうか。

 旅行者がその理由を理解して納得したものであれば、契約自由の原則から、かかる特約は有効である。ただ、それでも現地で強引に旅行者が離脱した場合、キックバック分を取消料や損害賠償として請求できるかは問題である。

離脱は、旅行開始後の旅行者による部分的な契約解除である。旅行開始後の旅行者による契約解除は、約款上では、その別表第一により、「旅行代金の100%以内」とある。つまり、サービスを受けなかった分の旅行代金が没収されるだけで、それ以上を請求できないのである。バックマージンが旅行代金の範囲外であることは明らかなので、その分を取消料として請求することはできないのである。

またさらに、キックバックは、取引社会ではイレギュラーなものとして保護の程度は低く、損害賠償としてもその請求は困難であろう。

結局、権利放棄できない旨の特約をもうけても、旅行業者がバックマージン分を確保するのは極めて困難である。

<特別補償>権利放棄に関しては、特別補償規定の存在も忘れないでほしい。

特別補償規定では、事前に旅行業者あて、離脱及び復帰の予定日時を届け出ておけば、特別補償の対象になるが、事前届けがないと対象外になると明記されている(特別補償規定第2条2項)。

このように、規定上は「事前届け」が必要とあるだけなので、ここではどのくらい「事前」であればいいかが問題になろう。

規定上は、旅行開始前とは書かれていない。また、添乗員自身は旅行業者の履行補助者であるから、旅行開始後、添乗員に届け出ても旅行業者に届け出たことになる。

さらに、事前というだけでは、直前でも事前ということになる。実際には、無断離脱とか事後の届け出の場合以外は、特別補償の対象と考えざるを得ないであろう。   

68回 契約変更のトラブル

 

<始めに>契約は、一旦締結されると変更できない。これは、「契約は守られるべし」という、当然の法原則である。相手の同意無く一方的に変更できるのは、契約のなかで変更権が留保されているか、法令上許されている場合だけである。従って、旅行契約では、申込金を受理すると、契約を変更できなくなるのが原則となるということをまず認識して欲しい。

ところが、旅行業者の中には、旅行は、事情が変化するのだから変更できて当たり前と、決め込んでいる者が見受けられる。そこまで行かなくても、契約の変更を気楽に考えている者が多い。その結果、契約の変更を巡って、旅行者とのトラブルが多発する。 

今回は、この契約変更について検討することとしよう。

<約款では>旅行契約約款は旅行契約の当然の内容となる。そこで、まず、約款で変更が許されている場合を確認しよう。

天災地変、戦乱、暴動、運送・宿泊機関等の旅行サービス提供の中止等、官公所の命令など旅行業者の関与し得ない事由が生じて、変更がやむをえないときには変更できる(約款13条)。

運送機関の運賃等についっては、「通常予想される程度を大幅に超えて増額又は減額される場合」には、その範囲内で、旅行代金を増減できることになっている(約款14条1項)。このように、増減が「大幅」な場合に限られていることに注意すべきである。かつ、増額には、旅行開始日から起算してさかのぼって15日に当たる日より前に旅行者にその旨通知する必要がある(同条2項)。

運送、宿泊機関等の利用人員により旅行代金が異なる旨契約書に記載した場合において、旅行契約の成立後に旅行業者の責に帰すべき事由によらずに当該利用人員が変更になったときは契約書面に記載したところにより変更できる(同条5項)。

約款にあるのは、以上の3項目のみである。極めて限られている

<契約書面での解決は>実際には、この約款の規定だけでは間に合わない。もっと多くの項目で、事前に特定できないか、特定しても後に変更の必要が出てくる場合があろう。

この場合、契約書面の必要的記載事項(旅行業法施行規則27条)か否かが重要である。契約書面の必要的記載事項であれば、確定的に記載されていなければならないが、仮に、契約書面では確定された旅行日程、運送、もしくは宿泊機関の名称を記載できないときには、利用予定の宿泊機関や運送機関の名称を契約書面で限定列挙の上、確定書面で確定させればよいことになっている(約款10条)。

契約書面の必要記載事項でないときには、例えば、後に述べる添乗員の同行の有無のように、確定をさらに先送りできる。

なお、募集型企画旅行についてであるが、「最少催行人員」については、広告や契約書面であらかじめ明記しておけば、旅行開始前であれば、最少催行人員に満たないことを理由に旅行契約を解除できることになっているし、解除に時期の制限はない(募集型約款17条1項5号)

<変更に対する旅行者側の対抗策>契約書面で定めた日までに確定書面を提出できないとき、旅行代金が前述の約款14条1項で増額されたとき、あるいは、変更補償金の対象になるような重要な変更(日程や、目的地の変更、運送機関や宿泊施設の変更、これらのランクの下方変更など、約款別表第二上欄に記載されている事項)については、旅行者は、取消料無く旅行契約を解除できる(約款16条2項)。

 このように重要な変更については、旅行者が取消料無く解除できるということは、旅行業者としては決して忘れないで欲しい。

<添乗員について>旅程管理業者の同行の有無は、広告の表示項目である(施行規則29条)。しかし、取引条件説明書面及び契約書面の必要記載事項ではない(施行規則25条ノ3.同27条)。契約書面で、同行しないときの旅行業者との連絡方法の記載が求められているだけである(同27条)。

 参加者数により添乗員の同行の有無が変わるときには、前述の旅行広告ガイドラインでは、「添乗員は同行しません。但し、お客様の参加者数が15名以上の時は、全行程添乗員が同行して旅程管理業務を行います」と記載するよう求められている(同ガイドラインでは、このように、同行しないことが原則となるよう表示すべきで、単に「一五名さま以上添乗員同行」と書くことは不適切としている)。

契約書面では、同行の有無を記載する必要はなく、同行しないときの連絡先を記載しておけばそれで十分とされている(施行規則27条)。確定書面で同行の有無を確定させる必要もない。

 つまり、旅行者が集合場の出発空港で初めて添乗員の同行の有無が判るということでもやむをえないということになる。これは、旅行業者にとっては、出発の直前まで最終参加者の人数は判らないということから来るのであろうが、実務としては、旅行業者としては、可能な限り早めに添乗員の同行の有無を決断して、参加者に伝えて欲しいものである。 
                                                        

69回 企業の倒産処理の基礎知識

 

日本の景気も、長期低落傾向から脱して確実に回復基調となり、企業の倒産数も減少している。しかし、旅行業界は足腰の弱い企業が多く、まだまだ倒産例が多い。今回は、旅行法そのものから離れ、会社の倒産処理についてその概略を説明しておこう。ビジネスにたずさわっている者は、自分の会社が倒産とは無縁でも、倒産法の一般的な知識はもっておくべきである。

なお、私自身は、現在、大東文化大学法科大学院(ロースクール)では、倒産法を講義している。

 

<倒産法の概略>倒産法は大きく分けて、清算型と再建型の二種類がある。

清算型は、破産法に基づき、破産管財人が清算を行い、最後に債権者に配当して企業は消滅する。特別清算という方法もあるが、使い勝手が悪く、ほとんど利用されない。

再建型は、破綻しているかそのおそれの強い企業を健全な企業に再建するもので、会社更生法と、民事再生法が用意されている。他に、会社整理という方法があるが、ほとんど利用されず、近々廃止される見込みである。

<清算型とは>裁判所に破産の申し立てをすると、通常1週間以内に破産手続きの開始決定があり、破産管財人が選任される。

破産管財人は、清算手続きにより会社財産を全て現金化して債権者に配当する。現実の配当率は極めて低く、2−3%あればいい方で、配当のないまま異時廃止で終結することのほうがずっと多い。10%配当など稀である。

中小企業では、代表取締役が会社債務を個人保証していることが通常である。そのため、代表取締役は、会社と一緒に個人としても自己破産の申請をするのが常套手段となる。清算終了後、免責決定を得て債務をゼロに出来るからである。債務の負担が無くなれば、再起も十分可能となる。

 清算は、裁判所に申し立てをせず、「任意整理」で行うこともある。が、現在は、破産手続きで処理するのが圧倒的である。破産手続きは、裁判所の努力で運用が効率化され、また、破産法が全面改正されたこともあり、ほとんどのケースが半年以内で終結している。そのため、任意整理の必要性は少なく、例外的な手段となっているのである。

<再建するには>会社更生法は、戦後ながく使われてきた再建手段である。

従来の役員は退陣し、更正管財人が再建に当たる。本来大企業の再建のための制度で、更正計画の認可まで1年位を想定している。

民事再生法は、2000年に誕生した新しい再建のツールで、管財人がつかず、自ら再建にあたれるのがその特徴である。中小企業の再建用に設計されており、再生計画認可まで半年くらいを想定している。この民事再生法は、再建には効果的な手段で、再建の可能性のある会社は、これにより短期で再建を軌道に乗せている。

とはいえ、再建には、再建するだけの余力が残っていることが必要である。日本の経営者は、企業経営に息詰まっても、なかなか法的手段をとる決断が出来ず、完全に破綻してから弁護士に相談するというのが実状で、私に事務所でも、本人は再建したくても再建余力が残っておらず、破産で清算せざるを得ないという残念なケースが多い。

また、再建余力が極めて薄弱なため、スポンサーが確保できないと再建できないというケースも多い。ただ、中小企業に興味を持つスポンサーは少なく、スポンサーを確保できずに再建に失敗するということも多いのが実状である。

<その他の不法>会社としては借入れ過剰で再建不可能でも、営業自体は収益が期待できるという場合もある。このようなケースでは、その営業を第三者に譲渡したうえ、残った会社を破産で清算するという方法も良く行われる。

 ただ、旅行業者の場合、行政庁への登録が必要である。そのため、新会社をつくって営業譲渡する方法だと、この新会社が事前に旅行業の登録を得ておく必要があるが、これは事実上困難なため、受け皿は、既存の旅行業者にせざるを得ないことも多い。

 また、負債が特定の金融機関がほとんどという場合は、簡易裁判所に「特定調停」を申し立て、そこで話し合い解決させるという方法もある。金融機関も、不良債権の最終処理を急いでおり、最近はこの方法で短期に解決出来たというケースも多い。