30回 マニラでのバス事故

今回は、マニラ郊外で起きたバス事故の判例(静岡地裁昭和55年5月21日判決)を検討しよう。判例自体は古いものであるが、その内容は今でも十分に参考になると思われる。

 

<どんな事故であったか>Aを含む団体客30人は、日本の旅行業者であるB社がチャーターしたバスに乗り、マニラ南方60キロの景勝地タガイタイの観光に行った。その帰路の午後3時45分頃、タガイタイからマニラに向けて25キロの地点で、皆が乗ったバスは、前を走っていたトラックが速度を緩めたため、時速80キロでそのトラックに追突してしまった。

Aは運悪く、この事故により左足切断等の重傷を負った。帰国後、AはB社との交渉がうまくいかず、夫とともに訴訟提起した。

 

<事故の責任者は>発展途上国の交通事情は悪いし、運転が荒っぽいことは周知の事実。旅行者を乗せたバスは、自転車やバイクや人を押しのけて、高速で飛ばす。追突など、いつ起こってもおかしくない。

追突となると、通常は運転手の過失は明らかである。海外の事故では、運転手やバス会社に責任があるかが不明のことが多い。外国の事故では証拠集めに多大の困難が伴うためであるが、本件はその点では恵まれている。

とはいえ、日本では、まず、バス会社や運転手の責任が問題となり、旅行会社が責任追及の対象となることは稀である。しかも、保険が完備しているので、訴訟になることも稀である。

しかし、フィリピンに限らず、外国のバス会社や運転手を訴えるのは、裁判管轄や支払い能力の点で事実上不可能に近い。そこで、旅行を主催した日本の旅行業者Bが責任を負うかどうか重要となるのである。

 

<主催旅行業者の責任>旅行者から見れば、フィリピンのバス会社や運転手は、主催旅行業者の履行補助者(手足のようなもの)として、これらの者の責任は、主催旅行業者の責任そのものとしたいところであり、この訴訟でもAはそのような請求をしている。しかし、本件の裁判所は、主催旅行業者は、これらサービス提供業者に対しては、選任、監督のみについて責任を負うと判断した。

そして、このときフィリピン側で手配を担当した旅行業者は、フィリピン国で最も信用のある旅行業者であり、バス会社は、フィリピン政府観光省認可を受けていた。裁判所は、このことを前提に、裁判所は、本件でのバス会社や運転手の選任、監督に何ら問題はないと判断した。

 

<まとめ>現行の標準旅行業約款では、手配代行者の責任は主催旅行業者の責任そのものであるが、バス会社、ホテルや航空会社のようなサービス提供業者に対しては、主催旅行業者は、選任監督のみ責任を負う事が明確化されており、本件判例の判断内容と同様となっている。

 とはいえ、本件は、運転の荒い発展途上国では、いつ起こってもおかしくない事故のパターンである。仮に、本件が、10時間も同一の運転手が運転しているようなケースではどうだったであろうか(本コーナー第24回で紹介したカラコルムハイウエー事故はそのような状況であった)。かつてのバス事故のケースをみると、行程自体に無理があるケースが実に多い。そのような場合に、追突であっても、運転手の過労が起因しているのでないかといわれることも十分予想できる。

 パックツアーという旅行商品を開発するに当たっては、その安全性については、商品設計段階で十分な調査と検討をすべきである。行程の安全性を十分に吟味し、またサービス提供業者とは、安全性について十分な打ち合わせをして、安全管理契約をしっかりと結んでほしいものである。      

31回 ホテル宿泊契約の終了時期

成人男女一組が宿泊したケースで、その一方が先にホテルをチェックアウトした時に、その者との宿泊契約が終了したと認めたケース(神戸簡裁平成3年6月27日判決)

 

<はじめに> ホテルの宿泊契約に関する判例は少ないので、本件は貴重な判例である。成人男性AとB女は、夫婦でないが、両者一緒にCホテルに宿泊することとし、一室一泊の宿泊契約を締結し、チェックインした。

Aは、翌朝の午前8時19分頃、宿泊料金を支払ってCホテルを退出。その際、Aは、「Bが部屋に残っているので、午前11時までに退出するようBに対し10時に電話してくれ」と依頼した。

その後、ホテル側は、言われたとおり10時に連絡をしBが応答した。12時に、再度Bに電話をしたが今度は応答がなかった。そして、午後1時15分頃、Bが部屋を水浸しの状態にして暴れているのが発見され、Cホテルは警察に通報したうえ、Bを病院に収容させた。Bはその後、精神保健法29条に基づき措置入院させられたとのことである。

チェックアウト時間は11時であったため、本件においてCホテルは、漏水による損害とともに、追加料金未払いの損害を受けた。Bには賠償能力がないので、Cホテルは、Aに対し64万円余の損害賠償を求めて本件訴訟を提起した。

 

<問題点は>このような場合、いつ宿泊契約が終了するかである。この点で手がかりになる宿泊約款はなく、参考になる判例もなかった。

裁判所は、CホテルとAとの間では、Aが午前8時19分頃宿泊料金を支払って、同ホテルを退出したときに宿泊契約は終了したと判断した。従って、その後のBの行為によって生じた損害については、Aは責任を負わないというわけである。

 

<教訓>本件は控訴されたものの、控訴審である神戸地裁でBが10万円を支払うことで和解が成立し解決し、控訴審判決は出なかった。判例が少ない分野であるため、地裁レベルでの判決がでなかったことは残念である。

しかし、宿泊料金を払って退出すれば、同伴者が残っていてもホテル側がそれを認識している限り、料金精算時に退出者との間の宿泊契約は終了するというのは、座りのいい判断であろう。

ホテル側としては、本件のAとの間で、Aの退出時に、残ったBと連帯債務になることを了解させておかなければ、Bの行為に対してAに責任追及は出来ないわけである。

旅行業者としても、本件のような事例は、雑知識とし知っておいて決して損はないであろう。

32回 個人情報保護の具体的対策(その1)

 

<はじめに>個人情報保護法はいよいよ本年4月から施行される。旅行業法の改正法も、同時期にスタートするため、旅行業界としては、両者の対策に追われていることであろう。  

個人情報保護法については、月刊Travel Visionの、2004年11月20日号と、12月20号で総論的な問題を詳しく説明した。本コーナでは、その各論について検討をしたいと思う。

 

<何が問題となるのか>個人情報保護法のもとでは、その対策が不十分だとどんな問題が起こるのだろうか。この種の質問は、頻繁に受けるが、その答えとしては、主に次の二つである。

第一に問題になるのは、個人情報の漏洩である。保険会社、カード会社などの何十万単位の漏洩事件がマスコミで繰り返し報道されているとおり、この種の漏洩事件は頻繁に起こる。旅行業界でも、阪急交通社で約62万件の顧客データが社員に不正に持ち出されたという事件は記憶に新しいところである。

個人データは、このように、内部者が持ち出したり、盗難にあったりすることが多いが、個人データが膨大に蓄積されたパソコンを紛失するという、あきれかえるようなケースもある。膨大な個人データが紛失しやすいパソコンに蓄積されていること自体、個人データが管理が全くなされていないことを雄弁に物語るものである。

いずれにしても、個人情報の厳重な管理が必要とされているのである。

第二に問題となるのは、情報の主体である個人からの情報開示請求である。自分の情報が蓄積されているケースである。個人データを取り扱っている業者は、website等で、蓄積している個人データの目的、アクセスの方法等を明らかにしておく義務がある(法24条)。そして、このような開示請求が有れば、誠実に対応し、データの内容が間違っていることが判明すれば修正しなければならないし、不正に取得された情報、目的外利用の情報、無断譲渡の情報については、求めが有れば、削除しなければならないのでる(法27条)。

 

<漏洩するとどうなるか>漏洩して、実損が出ればその損害賠償義務が生じる。例えば、今流行の、「振り込め詐欺」に悪用されたとなれば、その損害額が実損になりうる。しかし、実損が明らかになることは稀であろう。とはいえ、漏洩すれば、コピーされて無限に流布する危険もあるし、不必要なダイレクトメールや、電話勧誘に利用される危険性は高い。そこで、そのような危険性や迷惑に対する精神的苦痛を慰謝するための慰謝料が問題となる。

多くの場合、謝罪文で終わることが多いが、具体的に損害賠償を求められ訴訟になったケースもある。実損が認められない、純然たる慰謝料としては、一件1万円という例もある。1万円といっても、漏洩は何十万件単位で発生することが多いので、社会問題化したときには、その対処は大変である。

 

<違反に対して刑事罰はあるのか>大規模な漏洩事件が起これば、主務大臣から報告を求められたり、管理方法の是正について、助言や、勧告や命令を受けることもある(法34条)。この際、報告を拒絶したり、虚偽の報告をすると罰金を課される(法57条)。命令に違反すると、罰金だけでなく、6月以下の懲役を課されるので厳重に注意されたい(法56条)。

33回 個人情報保護の具体的対策(その2)

 

<個人情報の廃棄>旅行業者は、旅行や手配の申し込みにより、日々個人情報を取得している。旅行や手配という当初の目的の完遂のためにその情報を利用することは許されているが、それを完了した場合、その情報をどうするかは重要である。

完了後、即座に廃棄してしまえば、保護の義務は消滅する。しかし、実際はそう簡単には対処できない。社内の事務処理上の問題もあるし、後からの顧客等からの問い合わせに対する必要性など、即座に廃棄するわけには行かないであろう。問題はいつまでに廃棄すべきかである。

 法第2条5項、政令第4条によれば、6ヶ月以内に消去する個人データについては、個人情報保護法の規制の対象にはならない。そこで、まずはこの間に、保存するデータと消去するデータを明確に区別し、またデータ自体の中で消去する部分とそうでない部分の仕分をして、消去すべきものを確実に消去する事を考えるべきである(データの消去記録は確実に残す必要はある)。

 とはいえ、6ヶ月経過前でも、消去するまでに情報が漏洩すれば、その責任をとらざるを得ないのは、個人情報保護法の適用がある時と全く同様であることは忘れないで欲しい。なぜならば、漏洩による損害賠償は、一般の民法に基づく請求だからである。

 

<申込書等の保管>旅行や手配の申込書のような紙の情報媒体の扱いは難問である。個人情報保護法は、デジタル化された情報やデータベースだけが対象になると思いこんでいる人も多いが、実は紙の媒体によるデータベースもその対象である。顧客カードや、人名録なども立派に同法の対象になる。

 旅行や手配の申込書を、氏名や住所、年齢、職業別に分類整理すれば、同法の対象となる個人情報データベースとなるのである。

 しかし、申込み順にファイルして蓄積しているだけなら、データベースとはいえず、同法の規制対象外である。が、このように蓄積しているものが、盗難にあったり、まとめてコピーされたりして漏洩すれば、消去の場合と同じく、損害賠償の対象になることは注意して欲しい。

 これらの申込書などの書類も、受領後6ヶ月以内に全部廃棄処分してしまえば、個人情報保護法上は一番都合がいいが、これをすると困った問題も生じよう。後で、訴訟などトラブルが生じたときに、証拠が消滅して存在しないということにもなりうるし、税務調査や一般会計処理上、あるいは監督官庁との対処上、無いと困る場合もないとはいえない。

 これらの顧客から得た書類を残すかどうか、どの範囲でどこまで残すかの問題は、社内の状況をよく検討し、慎重に対処してほしいものである。とはいえ、仮に蓄積して残すとなれば、その管理は厳重にすべきことは言うを待たない。

 なお、6ヶ月を超えて蓄積するとなれば、個人情報として取得する当該申込書等自体に、例えば「この申込書は、業務処理の記録として、2年間保管します」と、その利用目的を明記しておくべきであろう。

 

<個人識別性の消去>取得したのが個人情報であっても、そこから、個人情報としての特性、つまり個人の識別性を排除できれば、そのデータはもはや「個人情報」とはいえず自由に使える。

 氏名、会社名、電話ないしFAX番号、メール番号、住所等をはずせば、顧客情報から個人の識別性は排除できる。なお、住所は、最小行政区画(東京都なら区まで)までなら記載しておいて問題ないであろう。

 このように、個人識別性を排除すれば、蓄積しても問題はない。これらの情報は、蓄積して、市場動向の分析等に活用することは、個人情報保護上は、何ら規制されていない。どの年齢層の者がどのような旅行志向を持っているか、年齢層、地域による違いはあるのかなど、将来の事業展開のために多いに活用してほしいものである。      

34回 個人情報保護法 (その3)

 

<個人情報の管理方法>

個人情報の扱いについては、前回でも述べたように、廃棄してしまえば、全て解決であるが、会社の必要性から、何でもかんでも廃棄することは不可能である。ことに、「友の会」のような顧客の組織を運営していれば、個人情報を長期間蓄積しているのが義務となってしまう。

となると、残して蓄積せざるを得ない情報の管理が重要となる。その具体的方法については、既に様々な文献や資料が公開されているので、参考にして欲しい。

経済産業省からは、「個人情報の保護に関する法律についての経済産業分野を対象とするガイドライン」(平成16年6月)が出されている。やや総花的であるが、個人情報保護法の解釈や運用について、参考になる判りやすい解説が付されている。情報の管理方法についても、組織的安全管理措置、人的安全管理措置、物理的安全管理措置、技術的安全管理措置のそれぞれにわけ、具体的なチェックポイントが示されていて、使い勝手がよい。インターネットにより、無料で入手できるので是非参考にして欲しいものである。私も重宝して使っている。

 

<暗号と個人情報>デジタル化した情報は、コピーや移動が容易である。いくら厳重に管理したとしても、漏洩や盗難の危険は常につきまとう。そこで、各企業としては、その管理をどうするか、日夜頭を痛めているようだ。そのような中で、最近、「暗号化したら個人情報性を排除できるのではないか」との質問があった。

確かに、暗号化というのは、今後検討すべき情報管理の効果的テクニックの一つであろう。現在でも暗号化ソフトは容易に手にはいる。

ただし、暗号化しても、法律上は、個人情報保護法上の個人情報であることには変わりない。復号化するための装置、アルゴリズム、あるいは鍵が有れば、容易に通常の個人情報に戻ってしまうからである。従って、暗号化しても、鍵等の復号化するツールの厳重管理が必要なのは当然である。

とはいえ、暗号化された情報だけが流失しても、鍵等がない限りそれを復号化するのは、極めて困難である。暗号化すれば、情報の流失があっても、損害の発生は相当程度防止できるはずだ。後に損害賠償をする必要性が無くなるか、その額を大幅に減少させられるということは十分にあり得よう。

さらに、暗号(cryptography)より進化した手段として、ステガノグラフィー(steganography)というものがあるそうだ。

暗号は、情報を読めなくするだけの技術であるが、ステガノグラフィーでは、情報の存在そのものを隠してしまう。既に、電子透かし技術などに応用されているとのことだ。技術には、完全というものはないはずであるが、このような技術レベルとなれば、流失、漏洩の危険視は革命的に低下させられるであろう。

個人情報保護法が施行されるとなれば、今後様々な技術が生み出されるはずである。このような、高度な技術を駆使して個人情報を管理するというのも、今後期待される一つの方向である。
   

35回 個人情報保護法(その4)

 

<情報開示社会へ>個人情報保護法においては、個人情報を本人から直接取得する際には、利用目的を「明示」しなければならない(法18条2項)。 

また、個人情報を5000件以上保持している事業者は、データベースとして保持している個人情報について、その利用の目的や問い合わせ窓口を,websiteやパンフレット等で明らかにしなければならない(法24条1項)。

とはいっても、今までの実務には無かったような積極的な情報開示を、社会が違和感無く受け入れられるかは多いに疑問であった。しかし、同法の施行(平成17年4月1日)を控え、各省庁や業者団体が相次いでガイドラインを発表し、また多くの企業が個人情報の保護に向け精力的に準備を開始しているのを見ていると、社会の受け入れ態勢が大きく変わりつつあることを実感する。

 同法の施行後は、旅行業界においても、その申し込み段階で、@申し込み対象の旅行を実現するための手配に必要な範囲内で、手配代行者、航空会社、ホテル、バス会社等のサービス提供業者に個人情報を提供すること、A業務上の記録のため、申込書を一定期間保管すること、B次の旅行の便宜と新たな旅行商品の紹介のため、一定期間、一定の個人情報を保管すること、などを不動文字で明示するとともに、担当スタッフから必要な説明をさせることが望まれる。

一般市民は、同法の施行後は、銀行や、保険会社、証券会社などの窓口で何らかの申し込みをする際、これらに類する利用目的明示のメッセージに頻繁にお目にかかるはずだ。そうなると、顧客の観点からすれば、そのようなメッセージが有れば、その会社は個人情報をきっちと管理している会社だと信じて安心するし、個人情報をしっかり管理しているところは、他のことについても信用できると思うであろう。すなわち、申し込み時のこのようなメッセージの有無、あるいは、その的確さは、顧客から事業者を選別する有力な材料になるはずである。

となれば、旅行業者としても、信用を維持し顧客を確確保するため、このようなメッセージを積極的かつ的確に明示することが必須のこととなろう。

なお、前述の@の記載は、個人情報保護法上の要請ではない。申し込み時に当然予定されている情報の譲渡については、申し込み時に事前の同意を得ることは不要であるし、利用目的の明示も不要である。しかし、顧客に対する信用維持の観点からは、記載が望まれる。Aについては、受け取った申込書を50音別に並べ替えたりすると、データベースとなり同法の対象になるが、申し込み順に保管するだけで有れば、データベースにならず、利用目的の明示はいらないが(この点は、1月22日付けの本コーナーで説明した)、この場合も、信用維持の観点からは、このような明示が望まれよう。Bについては、手元の個人情報を保管するか廃棄するかは、漏洩等の危険性と販売促進のメリット等をよく勘案して、決めるべきであろう(この点も、1月22日付けの本コーナーで説明した)。しかし、保管するとなれば、このような記載は必要である。

36回 ホテルのドアマンによる勤務時間外の交通事故

 

ホテルのドアーマンが勤務時間外にもかかわらず、常連の客を外出先に迎えに行くために客所有の車を運転中、人身事故を起こしてしまったケースで、ホテル会社に使用者責任を認める(大阪地裁昭和47年3月9日判決)

 

<問題の所在>使用者は、被用者が「業務の執行」につき第三者に加えた損害は賠償しなければならない(民法715条)。いわゆる「使用者責任」と呼ばれるものである。

本件のドアーマンは、制服を着てドアーの前に立ち、客の送迎、自動車を運転しての客に対しては車の誘導、常連の客に対してはホテルの玄関で客のキーを預かり自ら運転して駐車場に入れるという職務に就いていた。

ところが、彼は、顔なじみになっている常連客に頼まれ、その客の車を勤務時間外に運転して迎えに行く途中で人身事故を起こしてしまった。

被害者は、ドアーマン及び車の所有者とともに、勤務先のホテル会社に対しも「使用者責任」があるとして損害賠償請求の訴訟を起こした。

 

<ホテル会社の主張>ホテル会社としては、勤務時間外の従業員の事故まで責任は負えないとして、真っ向から反論した。その要旨は次の通りである。

本件のドアーマンは、勤務時間外に私服で、たまたま馴染みになった者に頼まれて車で迎えに行ったにすぎない。車はホテル前の無料駐車場にあったにすぎず、また、ホテル会社としては、もともと勤務中に客の車を運転することを禁じている。本件のようなことをすることを黙認ないし許容していることもない。本件事故は、ホテルの業務とは何の関係もない。

 

<裁判所の判断>「被告会社においてドアーマンに客の自動車の運転を禁じていたかいなかに拘わらず」、ドアーマンによる「常連の客の自動車の運転は」「職務を逸脱したものとは到底考えられず」「むしろ、職務行為に関連性のある行為であったものと認めるのが相当である」として、ホテル会社の使用者責任を認めた。

 

<もし添乗員であったなら>本件はホテルの責任であり、ホテル会社にとっては、いい教訓であろう。ところで、本件のドアーマンを、添乗員に置き換えるとどうなるだろうか。

私が相談を受けたケースで、非常に似通ったケースがある。旅程の中で「自由行動日」と設定されていたにもかかわらず、現地添乗員が、親しくなったあるパックツアー客からガイドブックにあるレストランに案内してくれと頼まれた。その添乗員は快諾してそのレストランに自分の車でツアー客を送ることにしたが、その際、その添乗員の運転ミスで事故を起こしてしまい、同乗していた当のパックツアー客が負傷したというケースであった。

 相談に来た他旅行会社の担当者は、私に「自由行動中は、旅行者が自己管理すべきだ。現地添乗員も勤務時間外で、たまたま親しくなった旅行者を個人的に案内したにすぎない。自由行動中に、添乗員が車を運転して旅行者を送ることは厳に禁じてもいる。責任を負うのは納得できない」といっていたが、残念ながらその通りとは解答できなかった。

本件判決で明らかなように、使用者責任における職務行為との関連性はかなり広く考えるのが判例である。添乗員のこのようなサービスは、本来する必要がないものであるが、行った以上、本来の職務の延長として、「使用者責任」が及んでしまうのである(もっともツアー客が自ら頼んだケースなので、過失相殺は当然であり、その割合も大きい)。

 

<教訓>使用者責任と認められる範囲は広い。本来の職務の延長とみられるものは、広く対象となる。また、従業員に、禁止しておけば責任を免れると思っている者も多いが、それだけでは免責されない。このことを前提に、従業員や添乗員の教育を徹底すべきである。  

とはいえ、現場で馴染みの客から頼まれたら断りにくいのも事実である。そのような場合に、けじめを付けて上手に断るテクニックも、普段から涵養してマニュアル化しておくと効果的であろう。    

37回 航空会社の貨物の引き渡しに関する本人確認義務

 

荷送人と荷受人とが同一であり、かつ空港止めのケースで、運送人からの通知を待つことなく航空機の到着次第直ちに受け取る場合には、運送人としては、貨物の引き渡しを求める者に対して、荷受人の氏名、貨物の発送地、便名、品名などの事項について申告を求め、申告事項と運送人の所持する運送状の記載内容とを照合して、それが同一であれば、そのものを正当な荷受人として取り扱うことは、正当荷受人の確認方法としては適切な手段である(昭和49年5月15日判決)

 

本件は古い判例であるが、航空貨物の受け渡しに関するほとんど唯一の興味深いものであるとともに、荷物や貨物引き渡しに当たっての本人確認義務一般の参考になるので紹介することとする。

<空港で何が起きたのか>荷送人であり、荷受人であった原告A商店は、京呉服卸を業とする者で、被告B社は、旅客及び貨物の運送を業とするいわゆる航空会社であった。

A商店は、鹿児島空港内のB航空の鹿児島営業所で、B航空470便による大島紬在中の貨物7個(購入価格1343万5000円)の運送を、大阪空港止めで委託した。しかし、同便の到着後、A商店の従業員が、大阪空港に貨物を引き取りに行くと、既に貨物は、何者かに引き渡されたあとだったので、大騒ぎになった。

 

<なぜ第三者に引き渡されたか>A商店の従業員が来る前に、A商店を名乗るものが現れ、荷物の引き取りを請求した。本件では貨物引換証は発行されていなかったため、大阪空港におけるB航空担当者は、同人から本件貨物の発送地、便名、品名、荷受人の氏名等を申告させたところ、運送状の記載事項と一致した。さらに、同人は、運送状の裏面に、A商店OOOと署名捺印もした。そこで、担当者は、同人をA商店の従業員と判断し、貨物を引き渡した。

しかし、同人はA商店の従業員ではなく、本件貨物は、何者かに見事に詐取されてしまったのであった。

そこで、A商店としては、貨物を引き渡すに当たっては、申告内容と運送状の記載内容とを照合するだけではなく、「正当な荷受人であることを証明すべきもの」の呈示を求めて確認すべきであったとして、訴訟を提起した。

 

<裁判所の判断>引き渡しを求めるものの申告と運送状の記載内容を照合してそれが同一であれば、そのものを正当な荷受人として扱うことは、正当な荷受人の確認方法としては適切な手段であり、その間に不一致が認められるような正当な荷受人であることを疑わしめる不審な点が窺われる場合に、正当な荷受人であることを証明すべきものの呈示を求めれば足りると判断した。

 

<約款の判断がないのは残念>当時の国内貨物運送約款33条(現行の32条も同内容)では、「貨物の引き渡しを受けた者が正当荷物引受人でないことにより生じた損害については、航空会社は、故意または重大な過失がない限り責任を負わない」とされており、B航空は、この約款による免責も主張していた。これに対し、A商店は、この免責条項は、企業者が自己の経済的優位を利用し、その企業利益の維持を図る企図をもって一方的に制定したもので、一方的に運送者の利益を計るもので公序良俗に反し無効と主張していた。

商法577条は、運送者が、運送品の引き渡しに注意を怠らなかったことを証明しなければ、損害賠償の責を免れないと規定されている。運送者に無過失の立証責任を負わせており、運送者に厳しい規定になっている。

このような運送者に厳しい法律上の明文があるにもかかわらず、約款で、故意、又は重過失しか責任を負わないとすることが有効かどうかは、法律上の難問である。この点での裁判所の判断が欲しかったところであるが、その判断をするまでもなく、航空会社が勝訴してしまったので、残念に思っている。

 

<教訓>航空会社から見れば、迅速な貨物の授受をするには運送状との照合以上のことは無理ということになろう。他方、利用者から見ると、1300万円を超える貨物が易々と消えるのは大変な損害である。となれば、両者の間の溝を埋めるのは、保険ということになろう。このようなケースに対応する使い勝手の良い保険の登場がのぞまれるところである。   

38回 中国での列車事故

 

<はじめに>今回は、中国での列車事故の判例を紹介しよう。海外での事故といえば、まずバス事故が思い浮かぶが、列車事故ということもありうる。本件は、たまたま修学旅行での事故なので学校が被告になったが、通常のパックツアーであれば、旅行業者が被告になったはずなので、参考にして欲しい。

 

<どんな事故であったか>昭和63年3月3月、高知学芸高校が生徒を中国に修学旅行に出したところ、蘇州から杭州へ移動中、乗っていた列車が他の列車と正面衝突。死亡者28名、負傷者は7日以上の入院者24名を含む36名という、大惨事になってしまった。原因は、運転士による信号の見落としであった。

 

<訴訟の被告は学校>事故は、列車の運転手による過失。国内での事故なら列車を運行する会社や運転手が責任を問われることになり、これらの者の賠償により損害は填補されたであろう。損害保険も完備しているはずである。しかし、事故は中国。法制度、経済事情の著しい違いから、中国の列車の運行責任者や運転手に対する民事紛争での解決は困難である。

その結果、事故を起こすような列車とその路線を選んだ学校の責任が問題となり、遺族から、学校への訴訟が提起された。本件がもし修学旅行でなければ、旅行業者が被告となり、輸送機関選択の可否などについて責任追及がなされたであろう。

 

<判決>裁判所は、概略「学校側は、修学旅行の企画実施に当たり、参加者の生命身体に危険が生じないよう安全性の調査確認義務を負う。本件では、学校側が、修学旅行コースの安全確認調査義務を尽くしているとはいえないが、十分な調査をしたとしても、列車衝突を予見回避することは出来たとはいえない」として、「不法行為、債務不履行の成立は認められない」とした(高知地裁平成6年10月17日判決)。

旅行の安全性に最も大事な事前の下見に老齢の校長夫妻が当たったという事実もあり、学校の安全確認調査義務は不十分であったが、そのことと事故との間に相当因果関係がないと判断し、学校側の責任を否定したのである。この判断自体は、妥当なものであろう。しかし、裁判所が、学校の安全性の調査確認義務が尽くされたとはいえないとした点は、注目すべきである。

 

<通常のパックツアーであったなら?>

 修学旅行を計画した学校より旅行業者の方が、より重い安全性の調査確認義務を負うのは当然である。本件では、校長が事前の下見をしているが、この程度では、調査確認義務を尽くしたとはいえないというのが裁判所である。となれば、プロの旅行業者には、さらに厳重な調査確認義務が必要とされよう。そのためには、事前の下見、試乗は勿論、過去の事故率や運行状況などについて、綿密な調査が要求されるはずである。

ところで、パックツアーで鉄道を使う場合、三つのパターンに分けられよう。第一は、鉄道の旅自体が、そのツアーの大事なセールスポイントの場合である。第二は、飛行機やバスでの移動が可能であるが、敢えて鉄道を選んだ場合である。第三は、鉄道以外に、合理的手段がない場合である。

 第一の場合と第三の場合は、旅行業者において、必要な安全性の調査確認を尽くしたうえ、その結果を開示することが必要であるが、それを理解した上で参加した旅行者に対しては、旅行業者は原則として免責されるであろう。

 第二に場合は、情報の事前開示も重要であるが、なぜ敢えて鉄道を選択したかが重要となろう。安全で快適というような積極的な理由があればいいが、他の交通手段よりコストが安いからというような理由であれば、そのツアーを企画した旅行業者の責任が生じることもありうると思われる。

 いずれにしても、パックツアーという商品を設計するときには、鉄道は事故を起こしうるということを忘れずに、事前の安全性の調査確認の徹底と、その情報開示を心がけてほしいものである。      

39回 記念撮影の際、撮影台から転落した事故

 

記念撮影の際、撮影台から旅行参加者が転落した事故について、旅行会社の債務不履行責任が否定された事例(大阪地裁平成6年5月30日判決)

 

<はじめに>本件は、国内旅行の事案であるが、撮影中の事故による負傷で訴訟になった珍しいケースである。旅行業者側の責任は、最終的には否定されているが、事故は旅行のあらゆる場面で起こるということを改めて教えてくれる判例である。さらに、なぜ、このようなケースで訴訟になったかということを考えると、事故後の対応の仕方に多くの示唆を与えてくれるものなので、紹介することとする。

 

<どんな事故か>原告は、大正12年5月生の女性。旅行中、旅行参加者が3列に並んで記念写真を撮影中、2列目にいた原告が、補助添乗員であった撮影者Aの指示により3列目の撮影台(ベンチ)の上に登ろうとした際、転落して負傷した。これは、同じくAの指示に従い、原告の方によってきた、撮影台上の他の旅行者と接触して転落したものである。

 原告は事故後病院に連れて行かれることもなく、旅行は当初の予定どおりに継続されたが、帰宅後地元の病院で治療を受けた際、腰椎捻挫・第三ないし第五腰椎圧坐骨折との診断を受け、以降これの治療を継続した。

 

<原告の主張>原告が高齢で足腰に衰えがあることを考慮し、また、登るように指示した撮影台上には十分な間隔がなかったのであるから、原告より若齢の者を台上に登るように指示するか、あるいは、原告を台上に登らせるのであれば、十分注意を喚起するなどの措置を執るべきであり、他方、台上の他の旅行者を移動させるについては、原告が台上に登り終えたのを確認した後にその指示をすべきであった。旅行主催者や添乗員には、このような「安全配慮義務」があったはずである。

原告は、事故直後は立ち上がることも出来ない状況であり、その後も長女らに両側から抱えられてバスに乗り降りするような状況であった。このような状況は添乗員にも明らか  であったから、添乗員には原告を病院に連れて行くなど適切な措置を講ずべき「保護義務」があったはずである。

 

<裁判所の判断>原告の年齢は、事故当時はまだ61歳であり、体に不自由があったとの証拠もない。アルミ製の撮影台は高さはやや高いが幅は十分にあり、長女が傍らにいた   という事情もあるので、安全配慮義務の解怠があったとは断じがたい。

自らの安全と健康を管理するのは本来的には旅行者自身なのであるから、旅行者自身に正常な判断能力と管理能力を期待しえる限り、旅行主催者の保護義務は、基本的には旅行者自身の判断と自己管理を補完し援助するもので足りる。本件では、Aは、「大丈夫ですか、病院に行って診てもらいましょうか」と声を掛けたが、同行していた長女が「大丈夫ですから」と答え、また、その後痛みを訴えたり、病院に行くこと等を申し出ることなどしなかったのであるから、保護義務解怠はない。

 

<教訓>旅行中に、怪我をするということは十分あり得る。その際、日本人は、他の旅行者に迷惑を掛けたくないという「遠慮」から、「大丈夫」といって我慢してしまう傾向にあるようだ。旅行者に「大丈夫」といわれれば、旅行業者としてはそれ以上の対処は、困難であり不必要というのが正直な気持ちかもしれない。裁判所も、本人が「大丈夫」と答えた以上、その後、特別の申し入れがあるというような事情がない限り、保護義務違反はないというわけであろう。

 しかし、そこに重大な落とし穴があることを忘れないで欲しい。「遠慮」という極めて日本人的な心理の背後には、「いわなくても自分の気持ちは分かって欲しい」という気持ちが横たわっている。本件では、本人が「遠慮」して「大丈夫」と言ったとしても、その者の心の中には、自分の本当の気持ちを察して、「本当に大丈夫ですか」とその後も繰り返し声を掛けて欲しいという気持ちが有るのだ。土居健郎氏の言う、あの「甘えの構造」である。

 本件でも、添乗員がその後の旅行中に、機会を見つけて、「大丈夫ですか」、「その後痛みは出ていませんか」と何回も声を掛け気遣ってあげたとしたなら、訴訟にまで発展することは防げたのではないかという気がしてならない。事故後の処理については、普段から研究をしておきたいものである。       

40回 無手配日

 

きたる4月1日から、いよいよ新旅行業法が施行され、それに伴い、関係法令、約款等が大幅に改定される。これに伴い、(社)日本旅行業協会、(社)全国旅行業協会作成の「旅行広告・取引条件説明ガイドライン」も新法用のものが適用される。旅行業界の方々は、新法施行に向け準備に忙しいことと思うが、本コーナーでは、法律家から見て、特に注意すべき事項を検討することとしよう。

 

<「中抜け」の扱い>その第一弾として、「無手配日」について検討しよう。これは、いわゆる「中抜き」と言われるもので、基本旅程の中で旅行サービスの提供がなされない期間のことであるが、今回明確になったことは、「無手配日」と明記されたこの期間は、特別補償規定の基づく補償金及び見舞金の支払いがなされないということである。

 従来は、「フリー」、「自由旅行」、「自由プラン」、「自由行動」、「終日フリープラン」等と記載されていたが、この表現では、特別補償の対象になるか否か判然とせず、旅行者との間でのトラブルが懸念されていたが、今回の改正で、このように明確に記載することになった。

募集広告(パンフレット)、取引条件説明書、契約書面で、この「中抜け」について記載するときには、明確に、「無手配日」と書くこととなった。そして、さらに、この「無手配日」においては、「航空機、ホテル等の旅行サービスが全くなされない」とその内容を改めて説明するとともに、その間は、「『特別補償』の対象とはならない」ことを併せて明記することが求められている。仮に、このような明示の記載がないと、特別補償の対象外とはできないことにもなっている。旅行業者は厳重に注意すべきポイントである。

その結果、「自由行動」と表記されている場合は、当然に特別補償の対象となる。

 

<オプショナルツアー>「無手配日」であっても、現地旅行会社が、オプショナル旅行を用意していることは多いであろう。

このようなオプショナルツアーについては、「基本旅程以外の宿泊、観光、運送機関等の旅行サービスの手配をご希望される場合は別途の「手配契約」となります」と注記した上、基本旅程のパンフレット等とは別パンフレットで表示するか、相当に離れた別ページに記載することが条件になっている。

このオプショナルツアーは、それを申し込んだ旅行者のためには、企画旅行業者が運行するものとして基本旅程とともに、特別補償の対象となる。

 

<企画旅行外の現地旅行>「無手配日」に、旅行者は、企画旅行者と関係ない運行業者の企画したツアーを申し込むこともあろう。このときには、企画旅行業者は、その申し込みには何ら関わりはなく、特別補償の対象外となるのはもちろんである。

 ガイドラインでは、例えば、「このオプショナルツアーは、下記運行業者が、カリフォルニア州法に準拠した旅行条件に基づいて実施する者であり、当社の旅行条件は適用されません」と書くことを指示しているが、これは、オプショナルツアーの存在が予想されている場合である。

旅行者が申し込むツアーについて、企画旅行業者が、その存在すらも知らない場合も多いはずである。この場合は旅行者の自己責任であって企画旅行業者のあずかり知らないものとなるため、特別補償の対象外になることは勿論である。      

41回 ロンドンの連続テロとキャンセル料

 

<ロンドンの連続テロ>ロンドンでは、7月7日に地下鉄とバスに対する大規模なテロが発生して世界を震撼させたが、21日にも、二度目のテロがあり、世界を驚かせた。

海外旅行に対するテロや天変地異の影響は大きく、旅行のキャンセルが多発する。スマトラ沖地震の時も、キャンセルが続発したが、今回のテロの影響も大きかった様だ。

旅行者が不安を感じてキャンスルすることは止められないとしても、問題は、その時にキャンセル料が発生するかどうかである。

 この点については、4月1日に施行された新旅行業法に於いて重要な改正があり、本コーナーの第38回で既に解説しているが、改めてこのロンドンのケースで検討してみよう。

 

<約款はどう変わったか>旅行者が旅行契約をキャンセル出来る場合として、旧約款では、「天災地変、戦乱、暴動、運送・宿泊機関等の旅行サービス提供の中止、官公署の命令その他の事由により、旅行の安全かつ円滑な実施が不可能となり、又は不可能となるおそれが極めて大きいとき」とあった。

これが今回の改正で、「天災地変‐‐‐‐‐その他の事由により」との部分を、「天災地変‐‐‐‐‐‐その他の事由が生じた場合において」となり、現実に事由が発生したことが要件になった(募集型、受注型のいずれも約款16条2項3号。)。

 これは地味ではあるが重要な改正である。この改正により、取消料無しでキャンセルできる場合が、地域的にも時期的にも、かなり限定された。

 

<適用範囲は?>テロや天変地異の場合、いつも問題になるのが、過剰反応によるキャンセルである。直接関係なさそうな時期や地域についてもキャンセルが多発してしまう。この場合、法は以上の通り改正されたといっても、旅行業者としては、具体的なケースで、どの範囲までがキャンセル料なしの解除となるか、その見極めは難しい。この点については、判例もなく、その判断は我々法律家にとっても難問である。

今回のロンドンで起こったテロにより、テロは連続するということと、それを防止することは極めて困難であることが露呈してしまった。従来は、「一度テロがあると、その後しばらくは警戒が厳重であり、かえって安全である」といった楽観論も結構説得力があった。が、今回は、そうとはいえないことが実例で示されてしまった。さらに、二度有ることは三度あるということで(英語でも同じ趣旨の諺がある。Accidents always come in threes)、ロンドンでは警戒がさらに厳格化されているそうだ。

このような状況下では、ロンドンを行程の一部としている既存の旅行契約は、ロンドンをはずせない限り、全てキャンスル料なしの取消しとせざるを得ないであろう。テロが「生じた」という状況が、現在、そしてこれからしばらくは続くと解さざるを得ないからである。

ただ地域は、テロという「事由が生じた」場所と限定できるので、ロンドン以外の他の都市は除外できるであろう。例えば、ニューヨークやワシントンは、テロの対象になる可能性は強いし、厳重な警戒が実行されているが、テロが「生じた」わけではないからである。このような場合、旧法では除外できるかどうか文言上は不明確であったが、新法では、除外できることが明らかになったといえよう。

 

<損害が発生した場合>現実にテロや天災地変に遭遇して旅行の続行が不可能になり、取消料や違約金などの損害が発生したとき、これらの損害を誰が負担すべきか。この点も第38回で触れて於いたが、重要なので改めて説明しておこう。

今回の改正で、提供を受けていないサービスにかかる部分の金額から、取消料や違約金等の費用を控除して返金すればよくなった。つまり、解除の際に必要になる費用負担は旅行者となることが明確になった(募集型、募集型いずれも約款18条3項)。

さらに、このような事態においては、旅行業者に特段の故意、過失がない限り(故意、過失の立証責任は旅行者)、旅行業者は、損害賠償を負わないことが明記された(募集型約款27条2項。 受注型約款28条2項)。

 これらは、当たり前のことを明文化しただけともいえようが、これらの改正で、無駄なトラブルはかなり防げると思われる。      

42回 新法(その3)

企画旅行と手配旅行

 

<新たな曖昧さの危険>従来企画手配旅行というと、包括料金特約付企画手配旅行と内訳明示型企画手配旅行があり、いずれも、手配旅行契約約款に基づいて処理されていたが、今回の改正で、前者の包括旅金特約付が、受注型企画旅行とされて受注型企画旅行契約約款に基づいて処理され、内訳明示型のみが手配旅行契約約款に基づいて処理されることとなった。そして、受注型企画旅行は特別補償と旅程保証の対象になるが、内訳明示型のものは、いずれの対象外にもならないということにもなった。これらのことについては、既に旅行業界の方々は、周知のことであろう。

しかし、ここに大きな盲点があることも忘れないで欲しい。それは、旅行者から見れば、料金表示が、包括されているか、内訳が明示されているかの違いから、特別補償ないし旅程保証の有無まで判断する事は困難であるということである。ことに、特別補償の有無は、説明を受けない限り判らないであろう。

となれば、内訳明示型の場合には、あくまで手配であり企画旅行でないことを明示するとともに、同時に、特別補償も旅程保証も付かないということを明示することが重要となる。これを怠ると、旅行者との間で、後に深刻なトラブルを生じかねない。

今回の改正で、特別補償がつかないこととなった内訳明示型は利用されにくくなるとの意見もあるが、私はそうは思わない。内訳明示をする事により、各素材の安さを強調してお客を引き込むという逆の手も考えられる。特別補償が無くても、旅行傷害保険にはいていれば万一に備えられるし、旅慣れた者にとっては、旅程保証は重要ではない。今度の改正を機会に、新しい旅行ビジネスの展開があるものと期待している。しかし、特別補償と旅程保証がないことを明示すべきことは忘れないで欲しい。

 

<「値決め」の解禁>従来の旅行法では、その第2条1項1号で、旅行業の定義として、「旅行者のため、運送又は宿泊のサービスの提供を受けることについて、代理して契約を締結し、媒介をし、又は取り次ぎをする行為」としていた。この点、新法の、同条同項1号は、「‐‐‐‐‐運送等サービスの提供にかかる契約を、自己の計算において、運送等サービスを提供する者との間で締結する行為」と変わった。

改正法の、この「自己の計算」と明示した点は注目していい。従来の主催旅行と手配という分類だと、主催旅行の場合は旅行業者が「値決め」をしてもおかしくなかったが、手配では、「値決め」が出来るか疑問であった。しかし、今般、「自己の計算」という文言の導入により、「値決め」ということが、正面切って旅行業者ができる大事な要素になったので、受注型企画旅行でも、うまみのあるビジネスの道が開けるのではなかろうか。

 

<企画書面の提出時期に注意>受注型企画旅行に限ってであるが、今回、契約前に企画書面を顧客に呈示したうえで、契約を締結することになった(受注型企画旅行契約款5条、6条)。従来においては、企画書の事前交付はことさら要求されていなかったので、今後の実務で注意を要する点である。

 

<契約取消と企画料金>受注型に限るが、契約取消が、まだ取消料の発生する以前の場合(つまり、通常30日より前)であっても、契約書面に企画料金の金額を明示しておけば、企画料金に相当する金額は、取消料として受取れることになった(同約款別表第一)。

 ただ、企画料金を払った以上自分のものだとして、他の旅行業者のところへその企画書面を持っていって、勝手に使うという人間も世の中にはいるので注意を要する。   

43回 クレーマー退治とトラブルメーカーの排除

 

今回の改正の大きな柱に一つとして、旅行者の責任を明確化したことがあげられる。旅行が安全かつ円滑に実施され、充実したものになるためには、旅行業者の努力だけではなく、旅行者自身の理解と協力が必要なことは当然である。じっさい、無理難題をふっかけてくるクレーマーや、団体行動を乱す旅行者のため、無益なトラブルで苦労した旅行業者も多いことであろう。今回の改正は、このような場合の対策として、いくつかの重要な改正がなされているのでそれを紹介しよう。

 

<旅行者の努力義務>旅行契約約款において、今回、「旅行者は、募集型(受注型)企画旅行契約を締結するに際しては、当社から提供された情報を活用し、旅行者の権利義務その他の募集型(受注型)企画旅行契約の内容について理解するよう努めなければなりません」(募集型旅行契約約款30条2項。受注型旅行契約約款31条2項)という条項が新設された。

この条項は、消費者契約法第3条2項の文言をほとんどそのまま借用している。同法では、事業者に、情報公開義務、説明義務を幅広く課しているが、それに対応するものとして、かかる努力義務を消費者に課している。旅行業法においても、旅行業者に様々な情報公開義務、説明義務を課しているので、旅行者にもかかる義務を課したわけである。

このような努力義務は、当たり前のことを言っているだけで、果たして実効性があるのか疑問に思うかもしれない。しかし、この条項は、クレーマー対策としては効果的である。旅行者とトラブルが生じたとき、約款の内容をいくら説明しても、「そんなのは俺に関係ない」といって、自分の主張をゴリ押ししてくる者は結構多い。そのようなとき、この条項を取り上げ、旅行者にも努力義務があることを示せるということは、苦情処理の現場では極めて効果的であろう。

 

<旅行中の旅行者による速やかなアピール>努力義務に引き続き、「契約書面と異なる旅行サービスが提供されたと認識したときは、旅行地において速やかにその旨を当社、当社の手配代行者又は当該旅行サービス提供者に申し出なければなりません」(募集型約款30条3項。受注型31条3項)という条項が新設された。

旅行サービスの内容がおかしいと認識したら、その場で速やかにアピールすることを求めている。その場で、旅行者からのアピールがあれば、即座にサービス内容を是正するなど、トアラブルを回避し、あるいは最小限にすることも可能になろう。オーシャンビューとの約束なのにそうでなかったのどという不満は、その場で申し出てもらえれば、添乗員がホテルと交渉し、部屋替えをして解決できることも多いはずなのである。

しかし、日本人旅行者には、得てして、その場では「遠慮」して我慢し、あとから不満を爆発させる者が多い。そのような者に対しては、「その場で申し出てもらえれば、対処できたはずです」と反論できるわけである。

旅行内容と契約書面の内容が異なるとき旅行業者に責任が生じるのは当然であるが、この条項の導入により、その場でアピールしてもらえれば是正できたはずのものについては、旅行業者の責任は回避できることになろう。

 

<無理を言う旅行者に対する解除>旅行契約成立後、旅行開始前において、「旅行者が、契約内容に関し合理的な範囲を超える負担を求めたとき」は、理由を説明したうえで、契約を解除できる(募集型約款、受注型約款17条4号)。

契約内容以上のクラスのホテルを指定したり、自分だけ特別扱いを求めたりするトラブルメーカーは、旅行開始前に排除できることになったわけである。

旅行開始後においては、「添乗員その他の者に対する当社の指示への違背、これらの者又は同行するその他の旅行者に対する暴行又は脅迫等により団体行動の規律を乱し、当該旅行の安全かつ円滑な実施を妨げるとき」は、理由を説明した上で、契約を解除できる(募集型約款、受注型約款18条1項2号)ことになった。従来は、添乗員に対する指示違背に対してだけは、かかる解除規定があったが、今回の改正により、添乗員補助者、現地ガイド、サービス提供者、さらには同行する旅行者に対する場合も含むことになったのである。

この改正により、セクハラは勿論、酒に酔って人に迷惑を掛け注意しても改めないような者に対しても、毅然とした態度で望めることになろう。

旅行者の責任による契約の解除に於いては、実施されなかった旅行の代金を返還することはやむを得ないとしても、旅行業者側に生じた損害(解除に伴う取り消し料、違約料など)については、旅行者に損害賠償として請求出来ることは勿論である。      

44回 旅行業法改正第5弾

車椅子での旅行

 

<車椅子での旅行>10年以上も昔のベトナムでの出来事であるが、実に感動的な場面に出会ったことがある。それは、大型バスに乗ったフランス人の一団で、車椅子に乗った脳性麻痺と思われる患者10人以上を、車椅子のまま乗り降りさせていた。一つの車椅子に二人のボランティアがついて、彼らにベトナム旅行を楽しませていたのである。

 当時のベトナムは、今と違い、旅行者のためのインフラは全く未整備で、健常者にとっても旅行はハードなものであった。にもかかわらず、車椅子の者でも旅行を楽しむ権利はあるのだといった、彼らの強い意欲には感心させられた。

 日本でも、最近は車椅子で海外旅行を楽しむケースが目立つようになった。旅行業者も、車椅子に限らず、様々なタイプの身障者を受け入れられるような体制作りが求められている時代になってきたといえよう。

 このような時代の流れの中で、今回の改正において身障者に関する重要な規定が導入されることになったので、紹介しておこう。

 

<費用負担の明確化>従来の約款では、旅行の参加に際して、「特別な配慮を必要とする旅行者は契約の申し込み時に申し出」ることと、旅行業者としては、「可能な範囲内でこれに応」じることが規定されていた。新約款でも、この点はそのまま維持されている(募集型約款5条4項。受注型約款6条4項)。

 今回の改正では、これに引き続き、「前項の申し出に基づき、当社が旅行者のために講じた特別な措置に要する費用は、旅行者の負担とします」(前同各約款各条5項)と加えられた。

 これは当たり前の規定と思うかもしれないが、このように費用関係を明確にするのは実務的には重要である。増加費用の支払いを求めたときに、「そんなことはどこにも書いていないではないか」とクレームをいう旅行者も見受けられたからである。

 今回の改正はかようなトラブル防止と同時に、車椅子で旅行しようという者は、必要は増加費用を負担すれば海外旅行に参加できることを明確化したという意義も大きいと思われる。

旅行業者は勿論、車椅子での旅行者等、身障者を受け入れる体制やノウハウが不十分で、彼らを安全に旅行させることが困難であれば、参加を断れる。しかし、バリアフリーが叫ばれている現在、旅行業界においても、身障者も積極的に参加できるような体制作りが求められているので、日頃から身障者を受け入れる積極的な努力をしてほしいものである。  

その体制作りとしては、例えば、車椅子の扱い方がある。仮に、サポーターが同行していても、添乗員や職員らが車椅子を扱えないと困ることがあろう。しかし、車椅子を押すだけでも訓練していないと難しい。関係者にたいしては、日頃から必要な研修や訓練をさせる努力が必要であろう。

 

<突然の介助の必要性>今回の改正で、「旅行者が病気、必要な介助者の不在その他の事由により、当該旅行に耐えられないと認められるとき」は、旅行開始前でも、開始後でも旅行業者は契約を解除できることになった(募集型約款、受注型約款17条1項2号及び18条1項1号)。

 いくら、身障者も旅行を楽しめる時代とはいっても、突然特別の配慮が必要となる事態になり、あるいはそれが判明するというのは困る。旅行業者としては、必要な準備も体制も整えることが出来ないからである。旅行が困難であることが判明すれば、旅行開始前は勿論、開始後でも契約を解除して、旅行を中止できることが明確になった。

とはいえ、解除ないし拒絶の仕方には注意を要する。まずは、旅行が可能になるよう真摯に検討と努力をする必要がある。それでも駄目な場合には、なぜ駄目か十分に説明した上で、はじめて契約を解除することになる。ここでの説明責任、すなわちアカウンタビリティーが重要性である。これを軽視すると、思わぬ形で社会的非難を受ける危険性があることを決して忘れないで欲しいものである。    

29回 同時多発テロ直後の旅行中止と取消料

 

米国同時多発テロの発生直後に旅行に出発し、旅行先で海外危険情報(危険度三)が出されたため当該旅行が中止になったケースで、旅行業者には、約款上、旅行出発前に取消料無しでの旅行契約解除が出来る旨の説明をする義務があり、それを怠った旅行業者には旅行者に対し解除するか否かの選択判断の機会を失わせる違法があったとして、旅行業者に慰謝料支払いを命じた事例(東京地裁平成16年1月28日判決)

 

<事実関係>米国同時多発テロは平成13年9月11日。原告ら5名が参加した被告会社主催のパックツアーは、テロ直後の同年9月15日出発、10月6日帰国の予定で、カザフスタン共和国、キルギス共和国、ウズベキスタン共和国、及びトルクメニスタン共和国を巡るものであった。しかし、旅行中の9月21日、トルクメニスタンに外務省の海外危険情報の危険度三(渡航延期勧告)が出されたため、被告会社は9月26日以降の原告らの旅行を中止する事を決定し、帰国便等の手配をした上で26日朝、旅行者に発表し帰国の途へついた。

 これに対し、原告ら5名はそもそも途中で中止になるようなパックツアーに参加させられたこと自体が不満だったようで、本件訴訟提起となった。

 

<旅行者による取消料無しの解除は可能だったか>標準旅行業約款15条2項によれば、旅行者は、「天災地変、戦乱、暴動、運送・宿泊機関等の旅行サービス提供の中止、官公署の命令その他の事由により、旅行の安全かつ円滑な実施が不可能になり、又は不可能になるおそれが極めて大きいとき」には、旅行開始前に、取消料を支払うことなく主催旅行契約を解除できることになっている。

本件の旅行先地域は、アフガンに隣接する。当時、アメリカ合衆国によるアフガン軍事報復の可能性が指摘され、その情勢の悪化が逐次報道されていた。そのため、原告らのなかには、不安を覚えて、取消料の負担のない取消を申し込んだり、旅行の安全性を問い合わせする者がいるような状況であった。

しかし、被告会社は、本件解約条項は適用されない(取消料の負担無しの解除は認められない)との立場で本件旅行を催行した。

運輸省(現国土交通省)は、旅行業者に対し、海外危険情報の危険度一の時は、その旨の書面を交付して十分説明し、危険度二にから五の場合は、主催旅行を実施しないとの通達を出している。本件では、本件旅行先地域に対しては、9月21日まで「危険度二以上の危険情報」は出されていなかった。

被告会社は法廷で、この通達の存在や、エジプトで発生した日本人観光客銃撃事件(平成9年11月17日)についての裁判例などを根拠に、本件解除条項の適用の可否は、上記通達に定める海外危険情報の危険度二以上が出されているかどうかにより決すべきであると主張した。

 

<裁判所の判断>裁判所は、危険度二以上の海外危機情報が出されているかどうかで決するのではなく、「本件解除条項の適用の可否については、旅行の日程や内容、旅行先の外国地域の政治・社会情勢及びその変化の見通し等の諸事情を総合的に勘案して、旅行の安全かつ円滑な実施が不可能となるおそれが極めて大きいと認められるかどうかにより判断すべきである」としたうえ、本件は、当時の情勢の悪化のなかでは、危険度二以上の危険情報が早晩出され、ひいては旅行が中止になる可能性が高く、被告においてもその予測が十分可能であったと認められると判断し、本件解除条項の適用を肯定した。

そして裁判所は、被告会社が遅くとも出発時に、本件解除条項に基づいて取消料無く解除できることを説明する義務を負っていたとして、それを被告会社が怠ったことにより、原告らにおいて本件旅行を解除するかどうかの「選択判断の機会」を失わせたと認定し、被告会社は原告らに慰謝料として一人5万円の支払い義務があると判決した。

 

<教訓>米国同時多発テロ生当時、取消料無しでの解除を認めた旅行業者もあったが、本件被告会社のような立場でそれを認めず、ツアーを催行した会社もあったようだ。テロの危険が去らない現在、海外危機にたいし、旅行業者はどう対処したらよいかの判断は難題である。本判決を一つの参考資料として、判断基準をどこに求めるか、十分に議論してほしいものである。